死神に遭ったことはありますか/嶺里俊介

文字数 1,807文字

『だいたい本当の奇妙な話に続き、『ちょっと奇妙な怖い話』が刊行となった嶺里俊介さん。

ご自身の「逝きかけた」体験についてのエッセイです!

「あ、死んだ」


そんな思いをしたことが、誰にでも一度や二度はあるはず。公約数的な経験談なので、シリーズの中で扱おうと考えていたテーマの一つでした。

まさかその執筆中、本当に死にかけるとは。

自分の身体が壊れたさまを目の当たりにすることは衝撃的だ。


小学校低学年のときにブロック塀から飛び降りた際、手を突いた雑草の陰にあった割れたビール瓶で手のひらを抉ってしまった。外科での局部麻酔で破片を摘出したときに見た、我が手の白い骨は忘れられない。


死が身直にあると実感したのは大学生時代。猛暑日に、水風呂へ入ってから、パンツ一丁で昼寝をしていたときだった。脇に扇風機を置いて、当然のようにレベルを『強』にして。プールから上がったときのような心地よい清涼感に包まれながら、私はまどろんだ。


突然、飛び起きた。


どん、どん、と心臓が太鼓のように激しく鳴っている。触ってみると、胸板が冷たい。まるで冷水のようだ。呼吸すら苦しくて、ぎゅっと目をつむる。

意識ははっきりしている。熱いシャワーを浴びたいところだが、いま身体を動かしたら命が危ないと本能が告げる。私は身体を丸めて、胸板を両手で押さえながら動機が収まるのを待った。

身じろぎもせず小一時間、ようやく胸に温もりが戻った。

若いから回復できた。いま同じことが起きたら、身体が持ちこたえられないと思う。


眠ったまま死ねたら苦しまないだろうなと考たこともあったが、無理らしい。緊急性を伴う身体の異常は、瞬時に脳へ警鐘される。一瞬で脳が覚醒するほどに。

人間の身体は、なかなかよく出来ている。


畳の上で死にたいと常々思っているが、アクシデントは時や場所を選ばない。新型ウイルスに感染して患うだけではない。安全なはずの電車や車の中でも危険は常に隣り合わせだ。

ごく普通の日常生活を送っていても、ふとした切っ掛けで死の境に直面する。


知人の一人は、突発的な心筋梗塞を起こし、机に突っ伏して亡くなった。働き盛りの三十代、仕事中のことだった。そんな予測不能なことが往々にして起きる。

そして私の場合は、今作に収録されている『逝きかけた情景』。


あなたは後頭部を割って鮮血を流したことはありますか。身体が動かないまま、血塗れになって意識を巡らせたことはありますか。

あなたは『死神』の存在を感じたことはありますか。

死神は現実と冥府を結ぶ存在として世界共通の概念らしいが、細かい点では地域や文化によって異なる。それこそ個人によっても違う。まさに千差万別。

その姿、デザインやイメージも様々だ。黒衣に髑髏しゃれこうべ、手には大鎌がオーソドックスだろうか。顔は出さず、手には杖というものもある。水木しげる御大の作品群では、どくろの頭を出して、ぼろ布を纏っている。近年のコミックではスタイリッシュだ。武具を手にして、あまつさえ特殊な能力を持ち、戦う。


私が体験した死神もまた、いままでイメージしていたものとは違っていた。

詳細は、ぜひ本作でご確認いただきたい。

ご自身が出逢う前に、覚悟しておいても損はないと思います。

どこまでが真実でどこからが脚色なのか。

日常の出来事に微妙な違和感を抱かせ、読み手を異世界へといざなうライト・ホラー短編集!


私の名は進木独行。五年以上前にデビューしたホラー系作家である。本書では、私自身がこれまでの人生で体験してきた奇妙な出来事を元にして、つらつらと話をつづっている。もちろん見聞きしたことも含まれている。本書で楽しむべき肝は、本筋の「奇妙」のみならず、寄り道した部分にも含まれている。実体験をそのまま描いたものもあるが、本書は創作か実体験か判別しづらいことがウリでもある。──さて、今回の第1話は私が中学1年生のときに訪れた石垣島での体験の話。「星の砂」で有名な白い砂浜で海水浴を楽しんだ帰り、世にも奇妙な海の生きものに遭遇したのだった……。

嶺里 俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』などがある。

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