【ホラー】『スミレさま』

文字数 2,004文字

【2020年8月開催「2000字文学賞:ホラー」受賞作】


スミレさま


著・さく


たった一つの学校の怪談。

 スミレさま


 そう呼ばれている、たった一つの学校の怪談がある。

 スミレさまは学校の花壇に住んでいて、貢ぎ物を花壇に埋めると願い事を一つ叶えてくれるらしい。

 恋人が出来たとか、第一志望の学校に合格したとか……そんな噂が流れている。


「くっだらない」


 リカはスミレさまの話をすると途端に不機嫌になる。


「そんな話で盛り上がって許されるのは中学生までだよ」

「別に、本気で願いが叶うなんて思ってないよ。ただそう言う話が回ってきたってだけじゃん」


 ユカリの反論に、リカは鼻で嗤った。


「噂話なら、自分のところで止めるべきだと思うけど?」


 ただ楽しく話していただけなのに、と皆は不満顔だ。

 タイミング良くチャイムが鳴った。授業開始の合図なんて、いつもは憂鬱でしかないけれど、こういう時は救世主のように感じる。


「ほんと空気読めないよね」と、ユカリが呟いた。


 私は苦笑いを返し、早く先生来ないかなぁと考えていた。



 下校時刻になると、リカはいつも私の所に来るが、今日は違った。

 リカが私の席に来るより先にユカリたちが私を取り囲んだ。


「今日、遊ぶ約束だったよね! 早く行こう」

「え?」


 身に覚えがない。でも従うしか無かった。

 教室を出る時、リカが悲しそうにこっちを見ていた。



「どうしたの?」

「別に、ねえ?」


 それですべてを察した。

 仲間外れの入口だ、と。そして同時に、自分じゃなくてほっとした。

 確かにリカは楽しい空気をよく壊す。

 上履きをデコレーションしようと誰かが提案した時も「ダサッ」と切り捨てた。

 私たちの上履きはお揃いの靴紐が通してあるのに、リカの上履きは入学当時から変わらない。


「一人で出てくるかな?」


 ユカリ達は楽しそうに校舎の陰から覗いている。


「あ、来た来た! 一人だよ、あいつ」


 リカが校門を出たところで皆が狂ったように笑いだした。私も合わせるように笑った。

 ひとしきり笑ったあと、ユカリが言った。


「どっか寄って帰ろうよ。どこ行く?」


 ペチャクチャ話ながら校門をくぐろうとした時、私は言った。


「課題のプリント忘れたかも」

「え? もう……先行ってるからね」

「うん」


 踵を返して、人気の無い校舎裏へと向かった。


「……うそ」


 それを見た瞬間、スミレさまだと確信した。

 明らかにおかしい。何度かここを通った事があるが、通路を塞ぐように置かれた花壇なんて絶対に無かった。

 その花壇には黒いパンジーが一輪だけ咲いている。


「スミレさま……?」


 自分の唾を飲み込む音が、辺りに響いたんじゃないかと錯覚する。

 そっと近づいて土に触れた。柔らかく、手でも難なく掘れる。

 私は鞄の中を見た。無くなっても良い物を探して目に入ったのは、リカに貰ったポーチとユカリに貰ったリップグロスだった。

 私はその両方を土に埋めた。


「二人に天罰を」


 空気を悪くするリカも、平気で仲間外れをするユカリたちも、少し痛い目を見た方がいい。

 私は両手を合わせて拝んだ。目を開けるとそこに花壇は無かった。



 翌日、リカもユカリも学校に来なかった。


「どうしたんだろうね?」と心配そうな友達に同調した。


 でも本当は知っている。スミレさまが何かをしたのだ。

 これで二人は反省するはずだ。やっと平和な学校生活を送れるだろう。



 次の日、リカは右目に、ユカリは左目に眼帯を着けて現れた。

 奇しくも二人は、同じ日に同じ症状を発症した。

 突然、片目が見えなくなったそうだ。


「病院でも原因が分からないらしくて」と二人は言った。

「見えないままだったらどうしよう?」


 二人は手を取り合って涙を流した。

 完璧だ。これで二人が仲良くなれば、空気も悪くならない。私の望んだ平和な学校生活が手に入る。

 心の中でスミレさまにお礼を言った。



 その日の放課後、空き教室でリカとユカリを慰めていた所、友達の一人が「あれ!」と、突然叫んだ。

 廊下にあるはずの無い花壇がある。黒いパンジーが一輪だけ咲いている。


「スミレさまだ!」


 皆がパニックに陥ったとき、リカが冷静に言った。


「スミレさまにお願いすれば治るかもしれない」


 そこで皆は各々貢ぎ物を用意した。

 リカとユカリは花壇に穴を掘り、貢ぎ物を埋めた。


「目が治りますように、で良いかな?」とユカリが呟いたとき、リカが言った。

「違うよ。これ、きっとスミレさまの仕業だよ。二人同時なんておかしいもん。だから……犯人の目と交換して下さいにしよう」


 私は驚いて何も出来なかった。



 あの時止めていれば、私は今でも光を見られたんだろうか。

 最後に見た、あの黒いパンジーは今でも私の瞼の裏に焼き付いている。

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