【不可逆少年】『限りなく不可能に近い証明――『不可逆少年』書評』

文字数 2,192文字

【2021年3月開催「2000字書評コンテスト:不可逆少年」受賞作】


限りなく不可能に近い証明――『不可逆少年』書評


著・中川凌


「すべての少年がやり直せる? そんなわけないでしょ」

 

 家庭裁判所の主任調査官・ 早霧沙紀(さぎりさき)の口から出た言葉は、ひねくれた読者の心の声を代弁している。本作『不可逆少年』のテーマが“すべての少年はやり直せるか”だとわかったとき、私はそれを疑いの目で見ていた。小説作品として“やり直せた少年”を描くことはむずかしくないが、読者に“すべての少年はやり直せる”と思わせるのは至難の業。説得力を持たせるには、到底やり直せるとは思えない絶望的な状況から、それでもやり直そうとする少年を描く必要がある。“青春リーガルミステリー”と銘打たれた本作は、この3要素を組み合わせて高いハードルを達成した。


 本作の問いかけは、 法律(リーガル)要素から始まる。『不可逆少年』の著者・五十嵐律人は現役の弁護士だ。メフィスト賞を受賞した前作『法廷遊戯』と同じく、法律がはらむ矛盾点に切り込む。第2作で光があたるのは、「刑事未成年」と呼ばれる存在。14歳に満たない少年少女のことで、刑法では彼らの犯罪は罰しないと規定されている。精神的に未熟な刑事未成年は、家庭環境や人間関係に影響を受けやすい。だから、罰によって彼らの更生を促すのではなく、教育によって立ち直らせる――これが「刑事未成年」の存在意義だ。しかしこの仕組み、13歳以下の凶悪犯罪者が現れたらどうなるだろう?


 物語の冒頭、この矛盾を体現する13歳の少女・ 神永詩緒(かみながしお)が“フォックス事件”を起こす。少女は奇妙な狐の面をかぶり、3人の大人をそれぞれ刺殺・撲殺・絞殺。さらに、姉である 神永奏乃(かみながかの)にニコチンを注射して重傷を負わせた。しかも、自分が“刑事未成年”であることを自覚した上での犯行。インターネット上にアップされた犯行時の様子も、楽しんでいるようにしか見えない。とてもじゃないが、更生の余地があるようには思えない。


 フォックス事件の被害者遺族もまた、未成年の少年少女だ。 佐原砂(さはらすな)佐原獏(さはらばく)の兄弟、それから 雨田茉莉(あめだまり)。獏と茉莉は同じ定禅寺高校に通い、ともに親を“フォックス”によって殺された。だが、肉親の失った悲しみに暮れている……というわけではない。殺された佐原兄弟の父親は覚せい剤に手を染め、美容師を夢見る砂の手を壊していた。茉莉の父親は母の再婚相手で、茉莉自身に性的暴行を加えていた。頼れる相手のいない彼らは、精神的に不安定な状態に追い込まれていく。まさに、非行に走りやすい環境だ。


 前述の「すべての少年がやり直せる? そんなわけないでしょ」という沙紀の台詞は、フォックス事件を起こした神永詩緒のような存在に向けられている。佐原兄弟や茉莉を苦しめているのは家庭環境、すなわち社会的要因だ。大人たちがその原因を取りのぞき、教育によって改善が見込める。しかし、少年が罪を犯す理由はもうひとつある。生物学的要因だ。道を踏み外す少年たちの中には、もともと罪を感じる脳の機能が弱く、衝動のままに犯行にいたるケースがある。沙紀は、こうした少年は家庭裁判所の調査官ではどうにもできず、やり直せないという立場だ。


 本作を読み進めるおもしろさは、“どんな少年も見捨てない”調査官・ 瀬良真昼(せらまひる)の視点と、まさに道に迷う茉莉ら少年少女の青春パートが交互に進んでいく点にある。調査官の視点で読んでいると、少年たちの真意はつかみづらい。彼らは素直に反省していると思いきや、少年院行きを逃れるために嘘をつく。逆に、被害者遺族のひとり・茉莉の視点に立てば、大人に頼れない閉塞感が切実に伝わる。彼らは人への思いやりがあり、一生懸命考えながら生きている。それでも、置かれた環境に絡めとられる。調査官の立場からはなんとかしたくなるが、読者には一筋縄ではいかないこともわかってしまう。


 中盤以降、物語はミステリーの力で強烈に加速する。瀬良は、女子高生連続髪切り事件の容疑者として、佐原兄弟の弟・獏を担当する。“フォックス”に親を殺された獏は、自分もまた犯罪者になってしまったのか。獏について調べる瀬良は、彼の家である人物の腐乱死体を見つける。しかも、左手首には手錠つき。


 死体に隠された真相は、あまりにも絶望的なもの。本作はミステリーとして優れているが故に、その衝撃がそのまま物語の問いを際立てる。“すべての少年はやり直せるか”――。やっぱり無理なんじゃないか。こんなやつがやり直せるわけがない。読者はそう思うし、“どんな少年も見捨てない”瀬良ですら、その信念を揺さぶられる。それでも、彼は作中何度も繰り返したこの言葉を、最後に少年に向ける。


「やり直せるから、少年なんだよ」


 法律の矛盾に端を発し、ミステリーの衝撃によって読者に強く刻まれた問いかけは、もがき続ける少年たちの青春の物語によって回収される。長く続く絶望の先にある、ひとすじの希望。その光は、ひねくれた読者にも届きました。

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