第56回

文字数 2,470文字

夏が来たといってもいいのではないか。


ひきこもり同士諸君は、梅雨でカビないよう除湿を使いこなそう。

文明の力で四季折々の快適な籠城ライフ!


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

腫瘍にも悪性と良性があるように「ひきこもり」にも早く手を打っといた方がいい悪性と、医者に「でかくて邪魔臭いけど、特に今どうにかする必要はない」と言われる良性がある。


良性のひきこもりとは何かというと、一番害がないのが「外で生きられなくもないが、家の中が好きだからひきこもっている」というタイプだ。

これはもはや「好みによる選択」であり、パンケーキより焼いてない食パンが好きだから食っているに過ぎない。


「別に家の中が好きなわけではないが、外が嫌いだからひきこもっている」という消去法タイプは、一見悪性のように見えるが、まだ「経過観察」程度である。


私が医者だったら「外が嫌い」という人間より「外での労働と、煩わしい人づきあいが好きです」と言っている人間の方に精神鑑定を勧める。

つまり「外が嫌い」というのは割と「普通」の感覚なのだ。

「外の方が好き」という人も「仲間(ファミリー)とのBBQ」とかが好きなだけで、外での社会生活は普通に嫌いな人の方が多いのだ。


問題は外に対する「嫌い方」である。

ただ、面倒、煩わしいから嫌いなら良いが、そこに「恐怖」が含まれていると一気に悪性みを帯びてくる。


良性のひきこもりというのは、極力外に出たがらないが、仕事や手続き、家が焼けるなど、必要に迫られれば出てくるのだ。


対して外に恐怖を感じているタイプのひきこもりは、出なければいけない時にすら出てこないので、本人も困ったことになるし、周囲からはさらに社会不適合者と思われる。


そして、みなさんも久しぶりにガンダムに乗る時「ブレーキ右だっけ左だっけ」とわからなくなり、ガンダムの運転に不安と恐怖を感じた経験があると思う。


つまり、最初はただ外が嫌いなだけでひきこもっていた人も、長く外に出ないことにより、外での振る舞い方を忘れてしまい、恐怖を感じるようになってしまう。

もちろん最初から恐怖を感じてひきこもっている人間はひきこもり期間が長くなるほど恐怖が増幅され、最終的に家が燃えても出てこないので、そのまま死ぬ。


このように、ひきこもりの厄介さは外に対する「恐怖度」に比例する。


仮に30年ひきこもっていたとしても、社会や他人に対する恐怖がなければ「すみません!エンターキーって何すか!?」と物怖じせず、他人に聞いたり頼ったりできるので意外と何とかなってしまったりする。

逆に能力はあっても、「カードキーを置いたまま退出し締め出された時の対処法をどうしてもパイセンに聞くことができない」というタイプの方が、恐れを知らないポンコツより使えない奴扱いされ、ひきこもってしまうケースもある。


私が「外に出ない方が自分も快適だし、周囲に迷惑もかけないのでひきこもりで何ら問題ない」と言いつつも、どこかでこのままではヤバいのではという気持ちがあるのは、典型的「社会に恐怖を感じているタイプ」のひきこもりだからである。


そう言った意味でいうと、私にとって、漫画家やライターというのは天職である。

これは作家として才能があるという意味では全くない。そういう意味では完全なる選択ミスだ。

だが、私は仕事上一番やりとりする相手である「編集者」という人種に全く恐怖を感じないのである。


相手は都会の大手出版社に勤める高学歴高収入であり、慶応や東大がガチャで言うところ「R」レベルで出てくる世界である。

本来なら、相手の能力が高かったり偉かったりするほど緊張したり恐怖を感じたりするものであり、もちろん私もそうである。

それにもかかわらず、何故か編集者だけには、いざとなったら殺してしまえ、というホトトギスオブ信長スピリッツを持てるのだ。


何故と言われたら、理由は全く不明であり、前世で何かあったとしか思えない。


このように、社会や他人に恐怖を感じやすい人にも、何故か平気な「チートゾーン」というのは一つぐらいあるのではないだろうか。


飲食店で店員に「お冷もらえますか?」が言い出せず、口をパッサパサにしているのに、出会った瞬間からブチ切れているクレーマーは平気なので、コルセンの仕事をしているという人もいる。


逆に私は「会社の人」には誰彼構わず恐怖を感じやすい方だったので、そういう意味でも会社員には向いていなかった。


このように社会で生きていくためには自分が何が得意か知るのも大事だが、どんな状況や人間に「恐怖」を感じやすいかを知っておくのも大事である。

どんな能力もビビっていたら発揮できないし、ストレスを感じながら長く続けることはできない。


つまり、ひきこもりから復帰したりさせたい時は、まず本人が「怖くないところ」から始めさせることが重要である。


よって、引き出し屋や強制更生施設のような、恐怖でひきこもりをやめさせるのは本当にやめた方が良い。


そういう場に置かれると、ひきこもりでなくても「その瞬間怒られないようにすること」だけを考えるようになる。


「将来」のことを考えて欲しいなら、本人が将来のことを考える余裕を持てる場に連れていくべきだ。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は5月21日(金)です。

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