第12回 小説講座 第1巻第1話 緒方智子編②

文字数 3,204文字

メフィスト賞作家・木元哉多、脳内をすべて明かします。


メフィスト賞受賞シリーズにしてNHKでドラマ化も果たした「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズ。

その著者の木元哉多さんが語るのは――推理小説の作り方のすべて!


noteで好評連載中の記事が、treeに短期集中連載決定!

前回はこちら

    前回、ジブリ作品と同じ物語の構造を使っているという話をしました。

    智子は殺されて、霊界に行く。沙羅と出会う。誰も自分を守ってくれない状況に追い込まれる。手足が動かないので、逃げることもできない。自力で謎を解かなければ、生きて戻れない。

    そういう状況になってはじめて、智子は戦うことを決意します。

    逆にいうと、それまでは戦わなくてもよかった。逃げても、怠けても、言い訳して、それで許されていた。甘ったれていたし、甘えさせてもらえる環境にいた。

    でも沙羅には甘えは通用しない。

    智子は人として成長するために、一度死んで、沙羅と出会わなければならなかったともいえます。

    ジブリ作品と異なるのは、智子はたった一人でそこにいるので、助けてくれる人がいないということです。彼女にはポニョもトトロもジジもいない。

    でも、心のなかにはいます。

    死んだ母です。たとえ亡くなっていても、母は彼女のなかに息づいています。

    母が環境活動家として戦っていたのを、智子はその目で見ています。自分も母のように戦わなければならない。智子の背中を押すのは、その母の姿です。その意味で、亡き母がポニョやトトロの役割を果たしているといえます。


    当初、決まっていたのは二つです。

    まず、全体の枚数。原稿用紙百枚くらいにしようと思っていました。

    序破急の三部構成で、「序」が殺されるまでの出来事。「破」で沙羅と出会って、事件の謎を解く。「急」で生き返ったあとの話を書く。

    比率は2:3:1くらい。とすると、智子が殺されるまでの出来事は33枚程度におさめなければならない。

    第二に、登場人物の数です。

    登場人物は基本的に全員、容疑者になる決まりでした。だいたい四、五人程度。疑わしさの濃度をそろえるために、一人あたりの登場時間もなるべく一定にする。

    たとえばA、B、C、Dの四人が登場人物として、全員が容疑者になるとすると、シーンの割り振りとしては、


    シーン1    Aと会う(電話でもいい)。

    シーン2    Bと会う。

    シーン3    Cと会う。

    シーン4    Dと会う。

    シーン5    何者かに殺される。


    33枚で五つのシーンなのだから、1シーンあたり6枚。そして五つのシーンのなかに、謎を解くために必要な情報はすべて、自然なかたちで落とし込まれていなければならない。それで「ちゃんと推理できる推理小説」にする。

    あとは感覚で書いていったので、よく覚えていません。

    第1話を書き終えたとき、「まあまあかな」と思ったのは覚えています。


    むしろよく覚えているのは、第1巻の冒頭です。

    実は最初はこうなっています。


    閻魔大王。

    それは人間の空想上のものではなく、実際に存在するもう一つの現実である。

    人は死によって肉体と魂に分離され、魂のみ霊界へとやってくる。霊界の入り口にあるのが閻魔堂。ここには閻魔大王がいて、死者の生前の行いを審査し、天国行きか地獄行きかの審判を下す。

    近年、地球における人口の爆発的増加により、審判を受ける魂の数が急増し、閻魔大王一人では裁ききれなくなった。そこで閻魔の血を受け継ぐ者なら、代理で審判をおこなえるようになった。

    閻魔大王の娘、沙羅が代理を務めることもある。

    彼女は、その日の気分次第で、閻魔家に伝わる死者復活の秘儀を使ってくれる。ただし条件が一つ。謎を解くこと。

    制限時間は十分。情報は出そろっている。死者みずからが推理して謎を解くことができたら、彼女はその秘儀を使って、死の直前へと戻してくれる。


    冒頭、ナレーションから入るのは、映画ではよく見られます。

    このあとすぐ、智子が父親と喧嘩して家を飛び出すシーンに移ります。沙羅が登場するのは、智子が殺されたあと、物語の三分の一を過ぎてからです。

    これに待ったをかけたのが、当時の担当編集者でした。

    沙羅の登場が遅すぎるので、ナレーションをやめて、沙羅を冒頭に登場させてほしいということでした。

    つまり沙羅の部屋で、智子が沙羅と向き合っているシーンからはじまる。沙羅が「あなたは死にました」と伝える。智子は唖然として放心状態になる。そこでいったん話は切れて、物語は智子が殺されるまえの出来事にカットバックされる。

    ちなみにテレビドラマ版ではこのかたちになっています。

    まず、もっとも魅力的なキャラクターである沙羅を冒頭に登場させて、読者を引きつける。たぶんそれがセオリーなのだと思います。

    そのように書き直してほしいと言われたのですが、僕はNOと言いました。理由は、第一に小説家の本能として、時系列を崩したくない。カットバックによって時間経過が入れかわるのがいやだと。

    第二に、この回の主人公はあくまで緒方智子であって、沙羅は狂言回しにすぎない。『となりのトトロ』の主人公がトトロではなく、サツキであるように。

    この場合、主人公とは読者に感情移入してほしい対象を指します。だから智子視点で物語がはじまって、殺されて、沙羅と出会うという順番でいい。

    だから変更しないと伝えました。すると、また連絡が来て、いや、絶対に変更してほしいと言われました。

    この担当編集者も簡単には引き下がらない人でした。その主張も理解できなくはありません。ただ、僕にも言い分はあって、そもそもこの小説の文体は「実況中継的」ということを強く意識していました(これはいつか別の機会に話します)。それを考えると、やはり時系列は崩したくない。カットバックはNOでした。

    僕も簡単には引き下がらない人間です。でも担当編集者は、絶対に冒頭に沙羅を出してくれという。

    それで考えだした中間案が、第1巻の冒頭のかたちです。


    イメージしたのは映画のCMです。

    ちょうど見開き2ページの分量で、いわばこの小説のCMを冒頭に入れたらいいのではないかと思いました。

    映画のCMで、最低限入れなければならない情報は三つです。

    ①主役は誰か。

    ②ジャンルはなにか。ミステリー、ホラー、サスペンス、青春学園もの、など。

    ③見たいと思わせるセールスポイント。

    ①は沙羅、②は推理ミステリー、③はちゃんと推理できる推理小説であること。

    冒頭の見開き2ページのCMで、この三つの情報を必ず入れる。

    あとは読んでもらえれば分かると思います。結果的に、このかたちでよくなったと思います。

    このことから学んだのは、第一に創作において粘れば粘るほどよくなること(簡単に結論を出してはいけない)。第二に、編集者の指摘にはなるべく耳を傾けたほうがいいことです。

    では、また次回。

木元哉多さんのnoteでは、この先の回も公開中!

先読みは、こちら←←←


次回の更新は、10月1日(土)20時です。

Written by 木元哉多(きもと・かなた) 

埼玉県出身。『閻魔堂沙羅の推理奇譚』で第55回メフィスト賞を受賞しデビュー。新人離れした筆運びと巧みなストーリーテリングが武器。一年で四冊というハイペースで新作を送り出し、評価を確立。2020年、同シリーズがNHK総合「閻魔堂沙羅の推理奇譚」としてテレビドラマ化。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色