『稲川怪談』試し読み!③
文字数 3,042文字
「怪談」といえばこの人、稲川淳二さんの名作選が刊行です。
そこで『稲川怪談 昭和・平成傑作選』『稲川怪談 昭和・平成・令和 長編集』より、3編を試し読み!
怪談読んで猛暑を乗り切りましょう!
真っ赤な男
私ね、以前はたまにディスコでライブをやってたんですよ、怖い話の。六本木なんかでもやってて、いつも満員になっていたんですがね。毎年恒例の、ミステリーナイトツアーを始める前のことですけどね。ですから、これはもう三十年以上前のことです。横浜のディスコからライブの依頼が来たんですよ。知り合いを経由してきた仕事だったんで、二つ返事で引き受けたんですがね。
当時、関西で番組があったもんですから、羽田空港をよく使ってたんですよ。ある日、羽田から車で帰る途中のことなんですけど、仕事が終わって疲れてボーッとしてたら、頭の中にポッとディスコの映像が浮かんだんですよ。で、直感で、
(あっ、今度行く横浜のディスコだな)
ってわかったんです。ミラーボールがあって、丸いステージがあって、丸い鏡があって……。すごくはっきり見えるんですよ。鏡の後ろに戸があって、半開きになってて楽屋の中が見えるんです。そこで、ふっと我に返ったんで、マネージャーに、
「今度行くディスコって、ミラーボールがあって、丸いステージがあって、丸い鏡があって……そんな感じのところ?」
って、見たままを話したんですよ。そしたらね、
「私も行ったことないんですけど、稲川さんは行ったことあるんですか?」
って言われて、
「ううん」
って言ったんです。
で、何日かしてまたボーッとしてたら、先日の映像の続きが見えたんですよ。今度は前回よりもっと具体的で、楽屋の中の化粧台が見えて、DJ席も見えるんですよ。受付の様子もよく見えて……。で、またマネージャーに、
「今度行くディスコって、楽屋に化粧台があって、DJブースがあって、受付があって……そんな感じのところ?」
って、見たままを話したら、
「雑誌かなんかで、知らないうちに見たんじゃないんですか?」
って、言うんだけど、そんなことないんですよね。私、気になったから、
「明日にでも、見てきてくれよ」
って、頼んだんです。
次の日、うちの衣装の子がそのディスコに実際に行ったら、私が言った通りだったそうなんです。
「稲川さん、行ったことあるんじゃないですか?」
なんて言われたんで、
「行ったことないよ」
って答えたら、
「もう、そのまんま。稲川さんから聞いた通りですよ」
って。衣装の子、気味悪がっちゃって。それで私も、
(ここではやんないほうがいいかなぁ)
って感じたんですよね。だけど、ポスターとかもう刷ってましたから、簡単にやめるなんて言えない状況ですよね。それで、
(しょうがないかな)
って思ってて……。
そうこうしてるうちに、ライブの日が一週間くらい先に近づいてきた。当時は毎週収録で関西に行ってましたからね。羽田からの帰り道の車の中で、疲れてボーッとしてたら、また、ポッと映像が浮かんだんですよ。その浮かんだ映像っていうのが、踊ってる男が鏡の中に映ってる映像なんですがね。ディスコの鏡って、同じ人間が奥のほうまで何人にも映ったりするでしょ。その感じで、同じ男が何人も踊ってるのが鏡に映ってるんだけど、一人だけ真っ赤なんですよ。……真っ赤ですよ! 全身真っ赤。一人だけって、あり得ないですよね。全員同じ人間なんだから。私、もうすごくイヤな予感がしたんですよ。それでマネージャーに、
「この仕事断ってくれよ。直前になってからで悪いんだけど、これ、ロクなことにならないよ」
って頼んだんです。するとね、そのディスコの支配人があっさりと、
「わかりました」
って言ってくれたんですよ。
まぁ、それでよかったんですけどね。普通なら、
「今さらそんなこと言われても……」
なんて、文句を言うじゃないですか。私もそれは覚悟してましたからね。だから、かえって気になったんですよね。
そしたら何日かして、案の定、ディスコの支配人から改めて電話が入ったんですよ。
「キャンセルしたことは気にしてないんですが、一つお願いがあるんです。どなたか霊能者を紹介していただけませんか?」
やっぱり、そっちの絡みですよ。とりあえず、私とマネージャーの二人で、そのディスコに行ったんですがね。もう、そのまんまでしたよ。私が見た通りですよ。
店に入ったら若い従業員がいたんで、
「この店、何かあるの?」
って、聞いたら、
「私、まだ二日目ですから詳しくわかりませんけど、他の人たちって、みんな一週間くらいで辞めちゃうみたいなんですよ」
って言うんですよ。
「みんな一週間で?」
って、思わず聞き返しましたよ。そしたら、
「これ、昨日辞めた人から聞いた話なんですけどね……。以前、ここの従業員が朝の掃除をしてて、ふっと見たら真っ赤な体の男が立ってたんですって。その人、ぶっ飛んで、その日で辞めちゃったらしいんですよ」
「真っ赤な男かぁ……」
「それで、ここの前のオーナーって、元モデルできれいな人だったんですけど、店のすぐ前の道で事故を起こして亡くなったらしいんです。事故なんて起きっこない安全な道なのに……。その時も、その直前に『私、真っ赤な男を見たのよ』って言ってたらしいんです。他にも真っ赤な男を見た人が大勢いるみたいなんですけど、その度に怖いことが起きて……」
っていう話だったんですよ。真っ赤な男ですよ。洒落にならないですよ。
で、このディスコの写真を見てもらおうと思って、広島にいる知り合いの霊能者に写真を送ったんですよ。そしたらね、
「こんなの、やばくてとても見られない」
って突き返されちゃったんです。
霊能者がこう言うんですからね、よほどのもんですよ。だけど、私、気になりましてね。知り合いの不動産屋に頼んで、ディスコの建ってる土地のことを調べたんですよ。
それでわかったんですけど。戦時中、この土地のあたりで大虐殺があったんですって。何十人っていう人が殺されたらしいんですけど、その死体を燃やしたのが、当時は空き地になってたこの土地だったんですって。そこにディスコを建てちゃったんですからね、いろいろ起きるはずですよ。
タレント・工業デザイナー・怪談家
1947年東京・恵比寿生まれ。桑沢デザイン研究所専門学校研究科卒業。深夜ラジオで人気を博し、「オレたちひょうきん族」「スーパージョッキー」などテレビ番組で、元祖リアクション芸人として活躍。また、ラジオやテレビでの怪談が好評を博し、1987年に発売されたカセットテープ「あやつり人形の怪 秋の夜長のこわ~いお話」が大ヒットとなり、以後「怪談家」としても活動。1993年8月13日金曜日にクラブチッタ川崎で行われた「川崎ミステリーナイト」に長蛇の列ができ、全国津々浦々をめぐる「稲川淳二の怪談ナイト」を開始。30年以上にわたって数多くの怪談を披露、現在も年間50公演ほど開催している。
連続ラジオドラマ化原作
本書の主な内容
真っ赤な男/パニック番組/真夜中のラジオ局/消えた家族/NPO/ビバーク/樹海の声/奥多摩の河原/目黒のスタジオ/八王子の首なし地蔵~お地蔵さんの祟り~八王子怨霊地帯/古い火葬場/そして俺は死んだ/真下の住人/東京大空襲~旧明治座の怪~師匠の思い出/深夜のタクシー/四国の廃病院/かくれんぼ