第41回

文字数 2,327文字

流石にちょっと寒すぎる。厳冬にこそひきこもり。

ガンガン部屋を熱して乗り過ごしましょう、コロナ・ウインター。


どんな季節も自室に籠城、

インターネットが私たちの庭なんです。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

前回、ひきこもりを意識が高い系ライフスタイルのように語ることで、かなりひきこもりに憧れる若者が増えた錯覚を感じている。


すでにひきこもりの地位は上昇し尽くしたとは思うが、まだ何か足りないとしたら「同じ主張をする人の存在」ではないかと思う。


主張というのは、それがどれだけ正しくても、それをしているのが1人だと「近所の変わり者が何か騒いでる」としか思われないのである。


私が近所の変わり者であることは否定できないが、そのせいで長らく正しい主張が封殺され、救えた命が救えなかった例だってあるのだ。


新型コロナウィルスに対し、我々民草ができることと言えば「家から出ない」「むやみに他人と濃厚な接触をしない」そして「手洗い」などで清潔を保つことである。


改めて「手洗い」という古典的作法の重要性が説かれ、ハンドソープや消毒液が売り切れ、高額で転売されるという、いつもの地獄が展開されたのだが、この「手洗いが感染を防ぐ」という当たり前のことが当たり前ではなかった時代もあるのだ。


この「手洗い」を発案した人がどうなったか、簡潔に言うと、まさに他の医者から「何か変わり者が騒いでいる」扱いされ、ちょっと精神が疲れた人が収容される病院に送られ、そこで衛兵から虐待を受け敗血症で死んだ。


まさか「手洗い」という、世界中で大絶賛な行為が、こんな救いようのない話で始まっていたとは思わなかった。それを知って以来、手洗いをするたびにドンヨリした気持ちになるので、みんなも一緒に手を洗うたびにドンヨリしてほしい。


唯一救いがあるとすれば、死後、やはり手洗いは正しいと再評価され、この人の名が手洗いの始祖として残っている点だと思う。

これだけ酷い目に遭っていたら、死後「実は手洗い発明したのオレなんすよ」と手柄をごっつぁんする奴が現れても不思議ではない。


ともかくこの人が、周囲の塩対応に負けずに手洗いの大切さを解いたから、今手洗いが当たり前の物として受け入れられていると言える。

そうでなかったら、今頃「コロナ感染を防ぐために帰ったら必ず祈祷をしましょう」という話になっており、さらに感染が拡大していた恐れがある。


よって私も、今は衛兵にぶん殴られる側でも、数百年後、ひきこもりという生き方が当たり前になっているように、主張をやめるわけにはいかないのだ。


しかし、不遇の死を遂げたいわけではないので、同じ轍は踏まないようにはしたい。

手洗いの始祖の悲劇が何故起きたかというと、やはり「同じ主張をする奴がいなかった」せいだと思う。

他にも何人かいれば、もしくは権威のある奴が一人でも味方につけば、話は変わっていたはずである。


ひきこもりも、賛同者がいればもっと説得力が増すはずなのだ。そこで思い出した言葉がある。


「ひきこもりでも、いいじゃない」


みつをが味方に!?と思われたかもしれないが、残念だがそうではない。

これは私は10年近く広報誌を描いている写真美術館の取材で聞いた言葉である。


その時開催されていた展覧会の裏にあるテーマが、それだったのだ。

雄大な自然を写した写真は素晴らしいが、その写真を撮るためには、家を出て、雄大な自然の驚異に立ち向かわなければいけないのである。


私の好きな映画「八甲田山」も、ガチ雪山で撮影したことで有名であり、あまりに苛酷な撮影ゆえに脱走者が出て、ストが起こりかけたので、撮影陣自ら冬の海に入水して誠意を見せた、などヤバい逸話には事欠かない。

しかしそうやって撮影したからこそ、私のようなひきこもりが、家から出ずに冬山の恐ろしさを知り「やはり家の外はクソ」という考えを新たにできる名作が生まれたのである。


良い作品を作るには、必ずしも雪山や紛争地域に行かなければダメなのか、というとそうではないのだ。


その写真展では、一見星空に見えるが実は部屋のホコリを撮影したものだったりと、スモールな世界の中での発見をテーマにしていたのだ。


つまり、外に出て広い世界を見なければ新しい発見はなく、可能性は広がらないというわけではないのだ。

むしろ、インドにさえ行けば俺の可能性は広がると思い込む方が、冬の八甲田に挑むより危険である。


雄大な自然に挑んで壮大な作品を撮ることは素晴らしいが、狭すぎる世界で自分だけしか気づかないものに気づいていくクリエイティビティというのも存在するのだ。


どちらが必ず正しい、というわけではなく、どちらも「選択肢の一つとして正しい」のである。


このように、「ひきこもりはライフスタイル論」への賛同者、もっともらしい理由は常時募集中である。

私が、謎の施設に連れていかれ、衛兵にぶん殴られる前に頼む。

★次回更新は2月12日(金)です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

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