第19回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,788文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちは……⁉
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
肩越しにちらりとボックスを見る。
「あの人たちは地元の常連さんだから、よくわかってる。ユウカちゃんとはいい感じで付き合ってくれるわ」
サクラはボックス席を見た。その目には年季を経た深く優しさがにじむ。
「こちらは長いんですか?」
浅倉が訊く。
「そうね。もう半世紀になるかしらね」
「それはすごい!」
目を丸くする。
「他にできることがなかったから続けてきただけ。よくここまで続けられたと思うけど」
「なぜ、続けられたんですか?」
「どうしてかしらねえ。一つ理由があるとすれば、ここを必要としてくれる人たちがいたからかしら」
「お客さんですか?」
「お客さんもそうだけど、うちで働く女の子たちもね」
ちらっとボックスの方を見やる。
「いろんな女の子が事情を抱えて、ここに来る。そういう子たちを受け入れているうちに、なんだかやめられなくなってね」
サクラの話に、浅倉は小さくうなずいた。
話していると、ボックスの方がさらに盛り上がってきた。
「あれ歌おう、あれ!」
ユウカが大声で言う。
常連さんはユウカの〝あれ〟をよく知っているようで、すぐ曲を入れた。
テンポのいいメロウな曲が流れてくる。
「あれ、この曲」
浅倉はモニターを見た。
広崎みのりのシティライトエッジだった。歌が始まると、常連の女性がマイクを取り、歌いだした。
「この歌、懐かしいですね」
「知ってるの?」
サクラが訊く。
「はい。叔父が広崎みのりさんの大ファンで、いつも聴かされていました。いい曲ですよね、これ。今、私たちから下の年代でもこの頃の曲が流行っていて、歌う人も多いですよ」
浅倉が話す。
「そう。みのりちゃんが聞いたら、喜ぶわね」
「お知り合いですか?」
「ずいぶん昔だけど、よくここに来ていたの」
「本当ですか!」
「ええ。今、あなたが泊まっている湖畔荘に彼女のプロデューサーさんがよく来ていてね。時々彼女も一緒に泊まりに来ていて、その時、よく彼女やスタッフさんたちと一緒に来てくれていたの」
「そうだったんですか! 叔父が聞いたら、うらやましがります!」
浅倉が意地悪な笑みを覗かせる。
「今も来られるんですか!」
浅倉は無邪気を装い、訊いてみた。
「最後に来たのはいつだったかしらねえ。コロナ禍の前だったかな」
「まだ、ライブとかやってるんでしょうか」
「今は、歌手としての活動はしていないみたいね」
「そうですか。ライブとかあれば、叔父さん誘って、行ってみたかったんですけど」
「そうよね。顔を出してくれた時はここで歌ってくれるんだけど、今でも上手よ、歌は。なぜ、売れなかったのかと思うくらい。残酷よね、芸事の世界は」
サクラがため息をつく。
「一人でいらしてたんですか?」
「いえいえ、プロデューサーさんと一緒よ。なんでも、プロダクションを立ち上げたとか言っていたけど、今はあまり話を聞かないから、うまくいかなかったのかしらね」
またため息をついて、顔を上げた。
「ごめんなさいね。冴えない話をしてしまって。みのりちゃんの名前が出たから、つい」
「いえ。思わず、叔父に自慢できる話を聞かせてもらったので、うれしいです」
浅倉は笑いながら、楽しそうに歌う常連の顔を目に焼き付けた。
金田の足取りの糸口はつかめそうだ──。
6
平間のスマートフォンには、連日、アイリからたわいもないメッセージが届いていた。
平間はアイリからメッセージが来るたびに、即返信をしていた。
初めて、ライブ終わりに飲んだ日、酔い潰れたアイリを自宅まで運んでいった。
アイリは自宅に平間を招き入れた。
アイリの部屋は物が少なく、よく掃除されていてきれいだった。
運び入れる最中、情報はないかと目を配ったが、特に注目するようなものはなかった。
ただ、マンション自体は家賃も高そうで、ソファーやテーブル、ベッドなどもいい物を揃えている。
とても、推しもいなかった地下アイドルが住めるような環境ではないと感じた。
アイリはベッドの端に座り込んで、平間に水を持ってくるよう頼んだ。
平間が水を用意して戻ってくると、アイリはあられもない姿で仰向けになって寝ていた。
ファンでなくても、男なら誰しも欲情を催すほどの無防備な寝姿だった。
しかし、平間はブランケットを取ってアイリに被せて部屋を出て、アイリがテーブルに放りっぱなしにしていた鍵をかけ、郵便受けに入れ、帰宅した。
その行動がアイリに響いたようだった。
アイリは、最初のうちは自分に魅力がないのかとしつこく聞いてきた。
平間は違うと言い張った。
そのうち、アイリの中で心境の変化があったようで、平間演ずる〝石川拓郎〟は誠実な人という位置づけになった。
以来、毎日のようにLINEのメッセージが届き、時に夜中に電話がかかってくるようにもなっていた。
その関係性は、まるで付き合い始めの恋人同士のようだ。
アイリの話はたいしておもしろくもないものだった。
メンバーの間で、誰の踊りがうまいだとか歌は自分の方が上だとか。別グループの女の子のちょっとした悪口とか。レッスンが雑だとか。
その日にあったことを愚痴るのが日課だった。
聞かされる方はたまったものではないが、石川拓郎なら根気強く聞いてあげるだろうと思い、実直で優しいタクさんを貫いていた。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。