第1話 フィリア
文字数 1,851文字
幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。
そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。
ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2)
さんが、
あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。
この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。
恋が生じれば君に触れる意味だって変わる
化粧をするときに口ずさむのは、決まって奈緒ちゃんが教えてくれた曲だ。思えば映画も小説も音楽も、あたしが好きなものは大抵、奈緒ちゃんが好きと言ったものだった。
「一回くらい休んでもいいんじゃない」
鏡越しに、布団に包まったままの住田くんと目が合う。あたしだって一限さえなければ、今すぐにでもそこに潜り込んで二度寝したい。だけど奈緒ちゃんと一緒に選択した科目だから。
「誰かと違って真面目だからね」
冗談っぽく笑ってみせると、住田くんは布団ごと起き上がってあたしの髪を撫でた。付き合いたての頃だったら、こんなタイミングでキスをしていたのかもしれない。けれど今のあたしはなぜか、住田くんの顔を見ることさえできなかった。
住田くんは、まるで自分のものみたいにあたしに触れる。いや、恋人なのだからきっとそれが当たり前なのだけれど。
「今日、夜どっかで合流して飯食おう」
寝起きのかすれた声があたしの耳をくすぐる。
誰かに愛されているという絶対的な安心感は、麻薬みたいなものだと、最近になって思う。
『彼氏できた』
ルーズリーフのはしっこに書かれた奈緒ちゃんの丸っこい字。あたしは思わず声を出しそうになったけれど、すぐに授業中だということを思い出して口を覆った。奈緒ちゃんは、目を見開いたままのあたしを見てくすくすと笑った。
奈緒ちゃんの長い髪はいつも綺麗。笑うたびに揺れる黒髪に、蛍光灯の白い光が美しく反射していて、綺麗。あたしはぼんやりとした頭で、さわりたい、と、思ってしまった。
入学したての頃、ある文献について隣の人と話し合うという授業で、たまたま隣に座っていたのが奈緒ちゃんだった。目が合ったその一瞬、あたしは言葉を失った。澄んだ栗色の瞳、長く伸びたまつ毛、透けそうな白い肌。奈緒ちゃんはあたしが今まで見た女の子の中で、いちばん可愛かった。それから授業のたびになんとなく話すようになって、二年になる頃には大学生活の大半を奈緒ちゃんと過ごすほどになった。
奈緒ちゃんはあたしが他の友達と話すことを極端に嫌った。あたし以外の友達はどうやらいないらしい。奈緒ちゃんがどうしてあたしと仲良くしてくれているのか、あたしは今でもよくわからない。
「なんかちょっと寂しいんだけど」
ふたりきりのエレベーターの中で、あたしはぽつりと呟いてしまった。奈緒ちゃんは階数の表示を見つめたままこちらを見ない。
「そっちだって彼氏いるじゃん?」
まあ、それはそうなんだけど。ていうか、今まで奈緒ちゃんに恋人がいなかったことのほうがおかしいのだけれど。
「大丈夫だよ。恋愛はいつか終わるけど、私たちは終わんないから。」
そう言うと、奈緒ちゃんはあたしにハグをした。奈緒ちゃんは基本的に距離が近いけど、抱きしめられたのは初めてのことだった。
奈緒ちゃんの匂いで包み込まれると、あたしはどうしようもない気持ちになった。住田くんとは違う、女の子の匂い。住田くんとは違う、たよりないやわらかさ。鼻の奥がツンと痛くなって、自分が泣きそうになっていることに気がついた。
どうしてこんな気持ちになるのか、頭の奥ではずっとわかっていたと思う。
いつか終わっても、それでもいいと思えるほど、あたしはいっぱいいっぱいだった。
ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。
恋愛や友達関係、自身のコンプレックスなどなど……
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