第37話 ついにラウンジのキャストからターゲットの名前が

文字数 2,307文字

「あ! いるじゃん! 牧野健」
 思い出したように美鈴が、立浪が待ち望んでいた名前を口にした。
「え? 牧野健って、あの牧野健!?
 立浪は白々しく驚いて見せた。
「そうそう、VIP中のVIP。週三か週四は出勤してるんじゃない? ねえ?」
「うん。今日も、もうちょっと深い時間になったらくるんじゃないの?」
 凛が美鈴に訊ねた。
「深い時間って、何時頃?」
 立浪は、スマートフォンのデジタル時計に視線を落とした。
 PM10:10
「いつも、十一時前後にくるよね?」
 美鈴が確認すると、凛が頷いた。
「牧野健は、お気に入りの子とかいるの?」
 立浪は、質問を重ねた。
「杏樹(あんじゅ)」
 二人が揃って同じ名前を口にした。
「杏樹ちゃんって女の子は、今日は店にいるの?」
 立浪が訊ねると、凛が床を指差した。
「地下にVIPルームがあるの?」
 本当は知っていたが、立浪はわざと外した。
「ううん、GVルーム」
 美鈴が言った。
「GVルーム?」
 立浪はわからないふりを続けた。

――通称GVルーム……グランドVIPルームのことだ。

 三上の声が立浪の脳内に蘇(よみがえ)った。

――グランドVIPルームって、VIPルームのさらに上のランクの部屋ってことか?
――間違いはないが、女と飲むところじゃねえ。ヤクをキメるところだ。だから、GVルームにゃ女を出入りさせないらしい。
――じゃあ、牧野はそこでクスリをやっているってわけか?
――ああ、多分な。GVルームでヤクをキメて女のとこに戻るから、退席する前と眼つきも態度も違うってわけだ。
――キャストが全員GVルームに立ち入ることができないなら、どうしてあんたのネタ元のキャストは牧野がクスリをやっていたことを知ってるんだ?

 立浪は、素朴な疑問を口にした。

――キャストじゃねえ。ナミは、元キャストだ。ナミは杏樹と仲良がよくてな。杏樹っつうのは、牧野のお気に入りのキャストだ。牧野は杏樹だけは特別にGVルームに入れてたみてえだ。
――つまり、杏樹があんたの情報屋にネタを流したってわけか?

「GVルームっていうのはVIPの中でも特別なVIPしか入れない個室……グランドVIPルームの略です。普通のキャストは絶対に入れないんですけど、杏樹は牧野健のお気に入りだから特別なんです」
 記憶の中の自分の声に、凛の声が重なった。
「あ~! 羨(うらや)ましいなぁ、私も杏樹になりたい」
 美鈴がため息を吐いた。
「杏樹ちゃんってどんな子? 小説に超VIP客のお気に入りキャストとして出そうと思っているからさ」
 立浪はでたらめな理由で補足した。
「女子大生で、モデル事務所にも入っているみたいです。見た目はきれいだから、太パパでも探しているんじゃないんですか」
 凛の吐き捨てるような口調から、彼女が杏樹を快く思っていないことが窺(うかが)える。 
「牧野健がスポンサーじゃないの?」
 立浪は撒(ま)き餌(え)を投げた。
「あ、牧野さんはそんなんじゃないですよ。金蔓(かねづる)はほかのお客さんで、牧野さんのことは恋人として見ていると思います」
 美鈴が撒き餌に食らいついた。
「遊ばれているのも知らないでさ。牧野さんなんて、何人も彼女がいるのにね」
 凛が、やっかみを丸出しに言った。
「どうして、そう言い切れるの?」
 立浪はふたたび撒き餌を投げた。
「ほかのラウンジで私の友達が働いているんですけど、牧野さんの彼女を名乗る女の子が何人もいるそうです」
 凛も、呆気なく撒き餌に食らいついてきた。
 あれだけの売れっ子俳優であれば、ラウンジのキャストを摘(つ)まみ食いしても不思議はない。
 立浪は牧野の女性関係に興味はなかった。
 彼の知名度を考えれば二股(ふたまた)、三股交際はそれなりのスクープになるだろうが、独身なので致命傷にはならない。
 立浪がほしいのは、薬物関連のスクープだ。
 看板タレントが犯罪者になれば、大河内を窮地に追い込むことができる。
「やっぱり、スターはモテモテだね。そこらのおやじと違ってスマートな飲み方で紳士的なんだろうな」
 立浪が言うと、凛と美鈴が顔を見合わせ意味深な笑みを浮かべた。
「なに? 違うの?」
「これはさすがに……ねえ?」
 凛が美鈴に、含みを持たせた言い回しで同意を求めた。
「いいんじゃない? みんなが言ってることだし。それに、牧野さんにとって悪いことでもないし。むしろ男の人には勲章じゃない?」
 美鈴が、凛を促した。
「そう、そうよね。言ってもいいよね?」
 美鈴に背を押されたふうを装い、凛が身を乗り出した。
「絶倫らしいです」
 凛が声を潜(ひそ)めた。
「絶倫?」
 立浪は繰り返した。
「はい。杏樹が自慢げに言ってました。一度に三ラウンドはあたりまえで、夜の九時頃から始まって明け方の四時くらいまで続くらしいですよ」
「三ラウンドで夜の九時から朝の四時までだと!?
 それまで興味なさそうにしていた鈴村が、突然、話の輪に入ってきた。
「なんだよ、いきなり? 精力絶倫が、そんなに興味がある話なのか?」
 立浪は、鈴村を茶化した。
「え? あ、あるわけないだろう。三ラウンドとか七時間とか、異常過ぎる話だから驚いただけだ」
 鈴村が取り繕(つくろ)うように言った。
「まあ、たしかに異常だな。でも、それって本当かな? 杏樹って子が話を盛ってるんじゃないの?」
 ナミ……三上の情報屋のネタはガセではないようだった。
言葉とは裏腹に、立浪の確信は深まった。
(第38話につづく)

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