「好奇心は人を殺すのか」イヤミスの女王・真梨幸子さんの新作を読む

文字数 2,811文字

11月、講談社より真梨幸子さんの2冊の本が刊行されました!

1冊は、新作の『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』。もう1冊は『三匹の子豚』の文庫版です。

イヤミスの女王と呼ばれる真梨幸子さんの新刊2冊を、「ミモレ」などで執筆している梅津 奏さんが紹介します!

イヤミスというジャンルはなぜここまで隆盛なのでしょうか。共感や癒し、学びを得られる「薬」のような本とは違い、毒だと分かっていながらつい口に入れてしまう、麻薬のような力がイヤミスにはあるようです。


さっちゃんだけじゃない、人って、いろんな面を持っているものなのよ。-『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』より


11月9日発売の真梨幸子さん最新作、『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』。公園を寝床にしていたホームレスの女性が殺された。近所のカフェでバイトするワーキングプアの祐子は、よく見かけていた被害者女性に興味を持ち、その経歴や殺害の真相を調べはじめます。


学生時代の友人、昔の仕事仲間、事件を追っていた新聞記者……。ロードムービーのように画面が次々に切り替わり、何人もの視点から「さっちゃんは、なぜ死んだのか?」が語られる。糸口を見つけたと思ったらまた煙に巻かれ、気味の悪い伏線がはられる。読者はいつしかヌメヌメとした謎のぬかるみに、首のあたりまでとっぷり漬かっていることに気づきます。そしてふと、ヒヤリとする疑問が頭をよぎるのです。


「さっちゃんって、いったい誰のこと?」


ハッピーエンドは待っていないと確信しながらもページを繰る手を止められないのは、好奇心が私たちを突き動かすから。「誰がやったのか知りたい」「なぜそんなことをしたのか知りたい」そんな衝動の根底にあるのは、「一線を越えたらどうなるか見てみたい」という強烈な野次馬根性。


さっちゃんについて語る登場人物たちは、いわば「さっちゃんになり損ねた」人たち。本人の資質や努力だけではなく、単なる運や卑怯なたくらみのお陰で「一線の手前で立ち止まることができた」人たちです。自分は助かったことに安堵している癖に、うながされればペラペラとおしゃべりする軽薄さ。「一線を越えたさっちゃん」の姿を見届けたいという好奇心が捨てられないからでしょうか。さっちゃんの末路に自分の行く末を重ねて、不安を感じているのかもしれません。そう、私たち読者がそうであるように。


「さっちゃん」という匿名的で不穏な呼び名と、読者になかなか人物像を掴ませないたくみなストーリー展開が、読者の暗い好奇心に火をつけるのです。


今月文庫化された『三匹の子豚』も、真梨幸子さんの「好奇心着火スキル」をいかんなく発揮しているイヤミス小説。


お母さん豚は三匹に向かってこう言いました。

「あんたたちは、そろそろ独立する年頃だよ。さあ、この家から出ておゆき。そして、それぞれ、立派なお家を作るんだ」-『三匹の子豚』より


昔話の「三匹の子豚」になぞらえて、「立派な煉瓦の家をつくりなさい」という母の呪いにかけられた三姉妹の数奇な人生を追うミステリー。章ごとに語り手が変わり、時系列がずれることによって、脳内の人物相関図が作っては壊され作っては壊され……。


煉瓦の家=幸福で安全な人生とは、いったいなんなのか?

子豚たちを襲う「狼」とは、いったい誰なのか?


たたみかけるようなドンデン返し。真梨さんの筆の誘いに引き込まれ、読者はまた、いつの間にか自分がぬかるみに捕らわれていることに気づくでしょう。これぞ、イヤミスの魔力のなせるわざ。


でも、好奇心があるうちは、まだまだ大丈夫かな……という思いがあります。だって、まだまだこの世に執着があるってことですから。執着や好奇心がなくなったら、本当にヤバいときかもですね(苦笑)-『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』より


さっちゃんの死の真相を追う女性は、ブログにこう綴っていました。果たして、本当にそうでしょうか。好奇心は、人が生きていく上での原動力なのか? それとも「好奇心は猫をも殺す」が正しいのか?


「ああ、私ったらまた読んでしまった……」


真梨幸子さんの新作二冊を読み終えて襲ってきたのは、「好奇心に負けてしまった」後ろめたい気持ち。この好奇心が、私という人間を生かしているのか。その答えがいつまでも出ないので、私はまた真梨幸子作品に手を伸ばしてしまうのかもしれません。


文/梅津 奏(うめつ かな)

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」、幻冬舎plus、Paravavi等のウェブ媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。

ブログ:https://mi-mollet.com/category/blog-kana

インスタグラム:instagram.com/kanaumetsu

真梨幸子(まり・ゆきこ)

1964年宮崎県生まれ。1987年多摩芸術学園映画科卒業。2005年『孤中症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーとなる。2015年『人生相談。』が山本周五郎賞の候補となる。そのほかに、『5人のジュンコ』『私が失敗した理由は』『三匹の子豚』『聖女か悪女か』『フシギ』『まりも日記』『一九六一 東京ハウス』『シェア』など多数の著作がある。

彼女の人生の秘密を、わたしが暴いても、いいですか?


ホームレスの女性が、公園で殺害されているのが発見された。犯人も動機も不明。彼女はなぜ、殺されたのか? 事件に興味をもったフリーターの女性が、不思議な縁で、被害者の人生に潜む嘘をひとつひとつ暴き、真実に近づいていく。巧妙な罠と高速で展開するストーリーに、いつの間にか目が離せなくなる。そして、ある瞬間に気づく。#さっちゃんはあなただったかもしれない #さっちゃんはわたしだったかもしれない

『三匹の子豚』が朝ドラで大ヒットした斉川亜樹。

鳴かず飛ばずの時代からようやく抜け出し、忙しくも穏やかな生活を送っていた。
そんなある日、彼女のもとに武蔵野市役所から一通の封書が届く。

その内容は、会った覚えもない、叔母の赤松三代子なる人物の扶養が可能かどうかという照会だった。
亜樹はパニックに陥る。
見ず知らずの叔母の面倒を本当にみる義務があるのか――と。

混乱しつつも役所からの問い合わせは放置していると、急に固定電話が鳴る。
電話を取ると、相手は開口一番、赤松三代子のことで話があるという。
問い合わせの回答をしていなかったので、役所からの電話かと思いきや、
『NPO法人 ありがとうの里』の菊村藍子という人物からだったとわかる。
彼女は、会って三代子の話がしたいと言う。仕方なく会う約束をした亜樹だったのだが――。

真梨ワールド炸裂! 衝撃の結末にページをめくる手が止められない!

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