第9回/この世で一番エグい格差は何か

文字数 2,357文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫の tree 新連載がスタート!

ひきこもり、そして金(カネ)と語り倒したジェダイ・マスターの新しいテーマは…


格差!


熱くなりがちなこのテーマに、戦など起こさず、肩の力をぬいてゆるりと冷静に挑む──!

結局、この世で一番エグい格差は何かというと、やはり「経済格差」のような気がしたのだが、その前に「健康格差」という巨大な格差があることに気づいた。


「酒は百薬の長」は、金持ちの方が貧乏人より長生きで、酒は金持ちしか買えない高級品だったため「酒飲み飲み=長生き」と勘違いが生じ、そこから生まれた言葉という身も蓋もない話があるように、経済と健康が比例することも否めない。


しかし、先天的な健康に関しては、かなりランダム要素が強く、その結果「健康だけが取り柄」と言われる人間が生まれるのだが、「風邪を引きやすいバカ」よりはマシだし、そもそもそも健康以上に重要な取り柄などほとんどないだろう。


腹が減っているのも辛いが、「痛い」「苦しい」も人間にとってプリミティブな苦痛である。


焼肉の一口目で豪快に舌を火傷したことにより、その後の宴すべてが台無しになるように、生まれながらに体に痛みや苦しみがあり、それが一生続くというのは大変なことだ。


もちろん生まれつき寿命が短いということもある。


現在、何もしなくてもある程度長生きするようになってしまったのと、「自力で2000万貯められない奴は長生きするな」とお上から通、達があったせいか、長寿に対して魅力を感じる人間が少なくなっている気はするが、私でも「お前が織田信長だったら8年後に死んでいる」と言われたら、それは早すぎると感じてしまうものだ。


しかし病気というほどではないが、地味に困る「体質」により、死ぬまで地味に困り続けるものもいる。


私は総合的に見ると健康な体に生まれており、その点は恵まれていると言っても良い。


ただ「歯」と「三半規管」に関しては、そこら辺に落ちているものを適当につけて出荷したとしか思えないほどポンコツである。


歯に関しては、生まれてきてからのメンテの方が重要であり、私が「20代で入れ歯を勧められる」という飛び級を果たしたのも、主に不摂生が原因なのだが、それでも生まれつき虫歯になりやすい歯というのは存在するようだ。


歯医者の説明曰く、歯の大きさが小さい者はエナメル質も薄く虫歯になりやすいらしく、私はそれに該当するらしい。


だがそれでも、我が歯はノーエナメル質の全裸で生まれて来たというわけではない。


サザエさんの波平は、己の頭頂部にラストスタンディングしている1本を、ドライヤーまでかけて大切にしている。


エナメル質が薄いなら、それが剥がれぬよう、慎重に生活すべきだったのだ。


しかし、私はこの体質をハンデではなくギフトとして捉えてしまい、その才能を伸ばす方向で生活したところ、トータルで数年の時間と数百万を歯の治療に費やすこととなった。


私は良くソシャカスでガチャにいくら使ったという話をするが、税金を除いて、今まで一番課金した最推しはダントツで歯である。


逆に言えば、いくら課金しても「年金80歳から」などN以下政策しか排出されない税金より、ボルトつきのカッコいい歯が出てきた歯医者課金は、神ガチャと言えるかもしれない。


しかし自前の歯以上のSSRは存在しないので、虫歯になりやすい体質の人は、ピンチはチャンス的発想はせずに素直に歯を大切にしてほしい。


多少の体質的ハンデはあるものの、やはり歯に関しては自己責任部分が大きい。


だが「三半規管」に関しては正真正銘の、生まれつきかつ、どうしようもない体質である。



多分「三半規管」を一度も意識したことがない、という人もいるだろう。私もそういう人生を送りたかった。


三半規管とは耳の中にある、器官であり、どういう理屈かはおいておいて、ここが弱いと「乗り物酔い」が酷いのである。


私は元々、三半規管が弱いのと、実家が車必須の田舎にもかかわらず、私が成人するまで車を1台も持ないという縛りプレイをしていたため、乗り物に慣れることもできず、とにかく乗り物酔いが酷く、高確率で吐いていた。


ゲロを吐くというだけで、少なくとも小学生ぐらいまでは、スクールカーストが二階級特退する。


子どもは純粋だが残酷なので、普通にゲロを吐く奴は嫌がられるのである。


よって遠足や社会見学などで、バスで私の隣になってしまうのは「不運」とされ、あからさまに嫌な顔をされ「社会見学の時吐く?」と答えられない質問をされ、「できれば吐かないでね」と無理な注文をされたこともある。


逆に、できれば吐かないようにしなかったことはない。毎回できるだけ吐かないようにして吐いているのだ。


だが、何せただでさえ低い身分が二段階さがっているので、こちらは吐いたらごめんねとしか言えないのである。


そしてこの体質は大人になって改善したように見えたが、引きこもり生活で虚弱体質になったせいか再発しており、むしろ子供の時より悪化している感さえある。


もし乗り物で私に隣に座った時、私が突然喉に指をつっこみだしても、これは「一度吐いたら楽になる」の応用で、空ゲロを不発させることにより本ゲロを止めるライフハックなので気にしないで欲しい。


心身に何らかの慢性的不具合を持つ人間は、試行錯誤の結果このような独自の対処法を編み出していることが多い。


だが、もちろんそんなものを編み出さずに済むにこしたことはない。やはり健康な体は何にも勝る才能だ。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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