4冊目/宮内悠介の『盤上の夜』

文字数 1,447文字

独自WEBメディアやYouTube、はては地上波ゴールデンまでーー。

幅広く活躍の場を広げ続ける東大発のクイズ集団「QuizKnock」。


その人気ライターである河村・拓哉さんが初の書評連載 『河村・拓哉の推し・文芸』!


第4冊目は、宮内悠介さんの『盤上の夜』(東京創元社)について語っていただきました。

僕はSFを読まずに育った。


小学生の頃はミステリばかり読んでいた。この世の全ては論理的に説明されるべきだと思っていた。だから言葉の輝きや物語の力なんてちっとも信じていなかった。


中高ではもう少し丸くなって、ラノベも読むようになった。その中にはSF要素を含んだものもあったけれど、僕はそれをSFとして読めてはいなかった。「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」とはなるほど名言で、ラノベ作中のSFガジェットは、どれだけシステムを説明されようが、僕にとってはファンタジーと区別できない、この世とは無関係なものだった。僕はそれを空想として楽しんで、だからこそ、突飛なSFが実際に科学者のポジティブな目標になっていることを、どうにも信じられなかった。


さて僕がいつちゃんとSFを読んだかというと、恥ずかしながらtreeの連載が決まってから。こんな本はどうですか、とたくさん本を挙げていただいた中から、僕はこの本を手に取った。


本作『盤上の夜』は、囲碁やチェッカーなど様々なボードゲームを題材にした六編の短編集。日本SF大賞を受賞したSF小説だけれども、SF的な話の他に、ミステリ的な話あり、歴史物語的な話もあり……と、(SFのイメージより)我々の世界に近い物語。


ボードゲームにサイエンス、といえばやはり近年のAIの進歩を考えずにはいられない。実際、単行本版刊行の4年後の2016年、囲碁プログラムのAlphaGoが世界最強棋士のイ・セドルを打ち負かしている。当然ネガティブな想像力が働く。進歩するコンピュータがいずれ、我々人類の能力を上回るのではないか。魔法ではない高度な科学が現実にやってくる。その時、人間の価値は消滅するのではないか……。


囲碁をテーマとした話には、生々しく人間が登場する。


生々しい。何しろ登場する灰原由宇は四肢を失っている。彼女は囲碁棋士で、しかも囲碁盤を自らの肉体的感覚器としているのだ。囲碁で痛い手を差されれば、その通り、痛い。それでも由宇は囲碁のために死力を尽くす。そして、……。


裏表紙のあらすじの通り、「対局の果てに人知を超えたものが現出する」。大切なのはそれが人間の行動から生じることだ。ファンタジーではない、この本は現実と連続している。説得力がある。だから素直に思える、なんだ、人間まだやれるじゃん!

 

ボードゲームを題材に、人間の臨界を描くことで、本作はネガティブな想像力をケアしてくれる。これもきっと言葉の輝き、物語の力だ。

書き手:河村・拓哉

YouTuber。Webメディア&YouTubeチャンネル「QuizKnock」のメンバーとして東大卒クイズ王・伊沢拓司らと共に活動。東京大学理学部在籍。Twitter:@kawamura_domo
★次回は2月17日(水)公開です。
★担当編集者のおすすめQuizKnock動画はこちら
★tree編集部のおすすめ記事はこちら

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色