第22回

文字数 2,737文字

「密は避けよ」「旅には出よ」と政府の旗揚げゲームめいた指示に踊る2020年・秋。

9月の4連休には各地が観光客で賑わうニュース映像が踊り、空気は変わってきたのかもしれません。


観光もいいけど、でもボクらはやっぱりひきこもり。

そうは思いませんか?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、困難な時代のサバイブ術!

ひきこもり生活は精神を病みやすいので、メンタルケアも重要である、という話をここで再三してきたような気がするが、実を言うと「ひきこもりで病む」という現象自体をあまり理解できていなかった。


確かに、労働とか納税などという義務を自らに課して苦しむという、マゾヒズムが過ぎる俺たち人間である。家にいても病む時は病むだろう。

だがそれでも、外の世界にいた方が圧倒的に病むに決まっている。


よって「コロナの影響による外出自粛生活で病んだ」と聞くと、「十分な睡眠と適度な運動、バランスのとれた食事を取り続けていたら死んだ」と言われたような不可解さがあった。


おそらくこれは、魚類たちが「人間って水に5分ぐらい潜っていると死ぬらしいぜ?」「マジかよ、虚弱体質すぎね?」と言っているようなもので、家の中で暮らすのに向いていない生物にとって、ひきこもるというのは、肺呼吸の生き物が水中で暮らすぐらい苦しいものなどだろう、という理解であった。


よって、私のようにひきこもりに適して生まれたエラ呼吸どもは、社会に出ると文字通り死んだ魚の目だが、家の中という水中ではずっと元気でいられる体質だと思っていた。


しかし先日、台風10号の影響で丸一日「停電」するという事態が起こった。


私は仕事を全てパソコンで行っているため、停電されると何もできない。


最初は、停電なのだから仕方がないという大義名分の元、「よーしパパ今日は一日中寝ちゃうぞ」というようなワクワク感すらあったのだが、二度寝して2時間ほどで「人間はそんなに寝れない」ということに気付いた。

特に、老になると「YO-TWO」という陽気なブラザーズが就寝中に訪問してくるため、「睡眠という体力を回復させるはずの行為で肉体にダメージを受けている」という怪現象が起こるようになる。


そして「ぶっ続けで寝る」という行為自体、体力がないと不可能なため「土曜の夜に寝て、起きたらサザエが正拳を繰り出していた」という現象は、逆になくなっていくのである。


これは若い頃には気づけなかった事実だ。そのうち「呼吸って疲れる」「まぶたが重い(物理)」という新事実にも気づいていくのだろう。人間は死ぬまでディスカバリーだ。


つまり、寝るのも疲れるため起きるしかないのだが、停電しているので何も出来ない。

それでも最初は「これを機に掃除でもするか」という前向きな発想があり、とりあえず部屋の床を半分露出させることと、机に「ひじ」を置けるスペースを作ることに成功したのだが、掃除に対する集中力などそう長く続くわけがない。


そして私は、「あえて寝る」ためにおもむろに立ち上がった。


これはやるべきことを無視してあえて寝る時に使われる言葉だが、やることがなくても使えるということが判明した。やはり名言には汎用性がある。


さっき起きたばかりなのに寝られるのか、というと何故か眠れてしまうのだが、それも1〜2時間ぐらいが限界で、腰痛か尿意で目が覚める。


停電しているといっても、決して出来ること、やるべきことが皆無というわけではないのだ。部屋の床もまだ半分残っているし、クローゼットには収納の匠が一目見ただけで「これはでかい仕事になりそうだ」と、口笛を吹くような量のDB(ドスケベブック)が積み重なっているので、これを片づけるだけで余裕で一日終わるはずである。


しかし、この時点ですでに「何もする気がしない」のだ。

そしてやる気はないのに「何もしていないことに対する焦りと不安」だけはバッチリある。

つまり、焦りと不安を抱えたままベッドから起き上がれないという状態である。


そこで生まれるアイディアといったら、「ストゼロを飲んで寝るか」ぐらいのものだ。


もしこれが、自粛期間中病んでしまった人の精神状態だったとしたら「それは病(ビョウ)になる」としか言いようがない。


私が「一生ひきこもれる」と豪語できたのは、ツイッターやソシャゲという仕事の合間に原稿、という「やること」が確保されていて、それで生活リズムがある程度出来ていたからである。

それが停電により全て奪われたことで、たった一日で病(ビョウ)になってしまったのだ。


よって、もし宝くじで7億円当たって、明日から何の心配もなくひきこもれるという状態になっても「死ぬほど寝てやる」というような無策のままでひきこもらない方が良い。


さもなくば、意外と死ぬほど寝られない、ということが初日で判明し、その日の夕方にはストゼロのプルタブに王手することになってしまう。

つまりひきこもる前に「やること」を確保しておいた方が良い、ということだが「時間さえあれば部屋の掃除するのにな」というような、「時間さえあればやる」と思っていることは「やること」のうちに入らない。


それは「時間があってもやりたくないこと」になるだけであり、むしろ時間があるのに何故か出来ないという焦りと不安に変わるだけで、それを忘れるために余計ストゼロが進んでしまう。


結局、「仕事」や「他人との約束」という「絶対やらなければいけないこと」が適度にあった方が、人は病みづらいのである。


「何もしないで虚空を一日見つめていても健康で幸せ」というのは、一部の「無職の天才」にしか出来ないことであり、凡人は「何もしなくていいのに、することをわざわざ見つけて自我を保つ努力が必要」ということだ。


これから、健康的にひきこもりたいという人は、一日のタイムスケジュールを決めるか、ストゼロを1年分ぐらいストックしてからひきこもることをお勧めする。

★次回更新は10月2日(金)です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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