遊戯の先にあるリアル 大矢博子(書評家)
文字数 1,107文字

本格ミステリのサプライズと、リーガル・サスペンスの興奮と、青春小説の痛み。
そのすべてが『法廷遊戯』にある。
物語の始まりは、法曹界を目指す学生が集うロースクールだ。そこでは無辜ゲームと呼ばれる疑似裁判が行われていた。学生が何らかの被害にあったとき、証拠を集め犯人を特定し、無辜ゲームの開廷を申請する。審判を下すのは、他の学生とは一線を画す天才ロースクール生の結城馨である。
ある日、このロースクールの学生である久我清義が児童養護施設出身であることと、かつて傷害事件を起こしていたことを暴露する文書が配られた。清義は看過できず、無辜ゲームの開廷を要請。怪文書配布を目撃した織本美鈴の証言を得て、犯人を罰するに至った。
しかしその後、今度は織本美鈴の住んでいる部屋のドアスコープに、アイスピックを刺されるという事件が起こる。実は美鈴も清義と同じ施設出身で、ふたりにとっては暴かれたくない過去がそこにあったのだ――。
というのが第一部の粗筋だ。法律を学ぶ者たちによる疑似裁判がまず興味深い。法という基準に合わせた論理の展開。扱われるのはれっきとした犯罪なのだが、一定のルールのもとで行われるこの疑似裁判はゲームそのもので、論理パズルとしての本格ミステリの醍醐味がたっぷりだ。
だが清義が司法試験に合格して弁護士の道を選んだ第二部から、その様相は大きく変わる。ある殺人事件の被疑者として織本美鈴が逮捕され、清義がその弁護を引き受けるのだ。はたして美鈴は本当に人を殺したのか。学生時代の事件や施設時代の秘密はどう関係してくるのか――。
この第二部はゲームではない。リアルの法廷が舞台だ。証拠集めと駆け引き。持っている情報をどこで明かすか。どう明かすか。手に汗握る頭脳戦と、論理パズルに留まらない人間模様のリアリティ。そして新展開があるたびに、実は序盤から周到 にヒントがちりばめられていたことに読者は驚くことになる。何気なく読み流した箇所や、さほど重要とは思わなかった描写、あるいは意味深ながらその先まではわからなかったセリフなどが、まったく形を変えて法廷でひとつの物語を作り上げるのである。なんだこれは。これが新人のデビュー作とは。脱帽だ。
すべてが明らかになったときに、胸に残る痛みと苦味。ミステリのサプライズとカタルシスを十全に味わった上で、読者は罪と罰の何たるかを考えるに違いない。
今年大注目の本格ミステリであり、必読のリーガル・サスペンスであり――そして自信を持って推薦する青春ミステリの佳作である。法廷「遊戯」の果ての、遊戯を超えたリアルを堪能願いたい。
『法廷遊戯』五十嵐律人・著
2020年7月15日発売予定 講談社