第61話 どうして花巻は立浪を陥れようとしたのか?

文字数 2,674文字

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『みんなに誤解してほしくないのはさ~、僕が「帝都(ていと)プロ」の大河内(おおこうち)社長と親しいから告発したんじゃないってことだよ。むしろ、僕はああいう権力で押さえつけるタイプは嫌いなんだよね~。だったら、どうして牧野健(まきのけん)を救うような告発をしたかって? 簡単なことさ。嫌いな奴(やつ)の肩を持つことになっても、国民に真実を伝える……これが僕のジャーナリスト魂なのさ』
 スマートフォンのディスプレイ――「YouTube」の告発動画で花巻(はなまき)が胸を張った。
「なにがジャーナリスト魂だ!」
 立浪(たつなみ)がテーブルを殴(なぐ)りつける音が、ミーティングルームに響き渡った。
 さっきまで花巻に気を遣うような発言をしていた鈴村(すずむら)も、強張(こわば)った顔でディスプレイをみつめていた。
 鈴村の自宅近くの喫茶店を出て「日光社(にっこうしゃ)」のミーティングルームに到着したのが三十分前……午前十時五分だった。
 花巻が立浪の名前を動画で出した以上、編集長や局長の耳に入るのは時間の問題なので、いつ呼び出されてもいいように出社したのだ。
『立浪ちゃんという男は写真週刊誌「スラッシュ」の記者でさ、大河内社長に恨(うら)みを抱いていたんだよね~。なんとしてでも潰(つぶ)したいから、僕に協力してほしいって事務所に訪ねてきたのさ。もちろん、僕は断ったよ。ターゲットの悪事を暴(あば)き間接的に潰す結果になることはあっても、濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を被せて潰すなんて卑劣(ひれつ)な真似(まね)はしないよ。牧野健にも大河内社長にも興味はないけど、冤罪(えんざい)だとわかっているのに見過ごせないよ~』
 立浪は動画を停止した。
「こんな奴に、お前は報告しろと言ったんだぞ!?
立浪は鈴村を睨(にら)みつけた。
「どういうことなんだ……」
 鈴村が蒼白(そうはく)な顔で呟(つぶや)いた。
「そんなの、俺が知りたいよ! どうして花巻さんが、俺を犯罪者にして大河内を助けるんだ!? 金なら、そんなことをしなくても引っ張れるだろう!?
「とりあえず、花巻さんに電話してみるよ。このままだと、警察がお前を逮捕しにくるからな」
 立浪は鈴村のスマートフォンを取り上げた。
「なにするんだよ?」
「警察は俺を逮捕できない。花巻さんのでたらめな証言だけで、俺が薬物を仕込んだ証拠はないわけだからな。それに、こんな裏切りかたをする人間に連絡を取ってどうするつもりだ?」
「でも、泣き寝入りするわけにはいかないだろう?」
「もちろんだ。目には目をだ。こうなったら、もう、花巻さんに遠慮することもなくなった」
 立浪は、押し殺した声で言った。
「なにをする気だ?」
鈴村が不安げな顔を向けた。
「決まってるだろう? 達臣(たつおみ)の爆弾を落とす……と言いたいところだが、お前の抵当権の問題をなんとかしなきゃな」
 立浪は奥歯を嚙(か)み締めた。
「なんだか、申し訳ないな。お前の足枷(あしかせ)になっているみたいで……」
 鈴村が力なく言った。
「謝る必要はないよ。お前は花巻さんに金を借りただけだから。それより、なにが狙いだと思う? 花巻さんについては、俺よりお前のほうが詳しいだろう?」
 立浪は頭を冷やすことにした。
 興奮していては冷静な判断ができなくなり、大河内や花巻のトラップにかかってしまう。
 鈴村が腕組みをして眼を閉じ、なにかを熟考していた。
 三十秒、一分……沈黙が続いた。
「おい……」
「一つだけ可能性があるとしたら……」
 立浪の問いかけを遮(さえぎ)るように、鈴村が眼を開けた。
「なんだよ?」
 言い淀(よど)む鈴村を、立浪は促した。
「大河内から大量の飴(あめ)を貰(もら)った可能性だ」
「飴?」
 立浪は怪訝(けげん)な顔で繰り返した。
「大河内に好条件で釣られて、完全にお前の敵に回った可能性だ」
 鈴村が言い難(にく)そうに言った。
「そういうことなら、望むところだ。こっちも、遠慮なく攻撃させて貰うよ」
 立浪は険しい表情で言った。
「はやまるな。まだ、そうと決まったわけじゃない」
「お前も動画を見ただろう!? スクープのために牧野健に薬物を仕込んだのは俺だと、犯人に仕立て上げるような男だぞ!?
 立浪は血相を変えて捲(まく)し立てた。
「だとしても、花巻さんがお前にできる攻撃はこれくらいだ」
 すかさず鈴村が言った。
「これくらいって……お前、なにを他人事(ひとごと)みたいに言ってるんだ!?
「そうじゃない。お前も言っていた通り、薬物に関しては証拠がないからお前が逮捕されることはない。じゃあ、花巻さんがここまでする目的はなんだと思う?」
「大河内と組んで俺を潰す気だろう。そんなこともわからないのか?」
 立浪は皮肉っぽく鼻で笑った。
「大河内はそうだろう。だが、花巻さんにお前を潰してどんな得がある? お前を潰さなくても、彼が持ってるネタだけで大河内から金を強請(ゆす)り取ることができる」
「だったら、なぜ大河内と……」
「俺の金蔓(かねづる)にちょっかいを出すなという警告だと思う」
 鈴村が立浪を遮(さえぎ)り言った。
「金蔓?」
「ああ。大河内は花巻さんにとって金の卵を産む鶏(にわとり)だ。大河内からすれば生き残るためには、お前が落とした爆弾を身を挺(てい)して撥(は)ねのけ、これから落とそうとしている爆弾を阻止(そし)してくれる花巻さんの要求を吞(の)み続けなければならない。お前はそんな大切な鶏の息の根を止めようとしている。だから、お前が鶏への攻撃をやめれば花巻さんも攻撃をやめるだろう」
「こんな屈辱を受けた花巻さんの金儲(かねもう)けのために、親父(おやじ)の仇(かたき)を見逃せっていうのか!?
立浪は怒りに燃え立つ瞳で鈴村を見据えた。
「なあ、立浪。もう、このへんで自分の人生を歩んだらどうだ?」
「どういう意味だ?」
「わかってるだろう? 復讐なんか考えないで、好きなことをやって生きろよ。婚活するもいいし、若い女の子の尻を追っかけるもいいし、ゴルフや釣りに明け暮れるもいいし、旅行するもいいし……とにかく、大河内じゃなくて自分のために時間を使えよ。な? 人生なんてあっと言う間で、気づいたらじじいになってるぞ。そんな人生、虚(むな)しいだろ?」
鈴村が諭すように言った。

(第62話につづく)

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