こぼれ落ちた隙間の夏で/三宅香帆

文字数 1,959文字

2020年を覆ったコロナ禍では、子どもたちもあたりまえの日常を送ることができませんでした。

そんな子どもたちのために、treeでは7月1日~8月31日の毎日、それぞれ異なる書き手による掌編連載「Story for you」を掲載しました。

このたび、「Story for you」が書籍化されるにあたり、各方面で活躍されている書き手の方に「Story for you」62本の作品の中からお気に入りの2本を挙げて語っていただきました。


今週は、書評家・文筆家として活躍されている三宅香帆さんです。


★書籍版『Story for you』は2021年3月25日より発売中!

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三宅香帆(みやけ・かほ)


大学院生時代から文筆家・書評家として活躍する。天狼院書店(京都天狼院)元店長。 現在は会社員としても働きながら、執筆活動を展開。著書に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)、『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』(サンクチュアリ出版)などがある。

「外でたくさん遊びましょう」。

そう先生に言われるのが、私が小さいころの夏休みのはじまりだった。

いくら家で本を読んだり友達と遊んだりすることが好きでも。とりあえず外に出ろ、と言われる。ラジオ体操しろとかプールに行けとか。夏休みの小学生や中学生といえば、元気に外で遊ぶもの。家にいるのは不健康。そう言われていた。

でも今年は違った。

62名の作家によって綴られた『Story for you』は、2020年の夏を過ごした子どもたちが主役の掌編集である。


2020年の夏休みに、作家たちが集まり毎日更新していた連載企画「Story for you」。

作品はほとんどが、COVID-19の影響を受けた日々を送る子どもたちの物語。しかしその様相は千差万別。登場するのは普通の学生もいれば、怪盗、魔女、宇宙人などさまざま。さらに書き手もまた児童小説家に限らない。詩人、SF作家、純文学作家などさまざまなバックグラウンドの書き手が集まった。

そんな収録作品を読むと、「不要不急」という言葉の冷たさを思い知る。2020年、不要不急とされたものたちが、いかに私たちの文化にとって必要不可欠だったか。

たとえば一穂ミチさんが綴る「玉ねぎちゃん」は、自分の好きなバレエや水泳、友達と遊ぶのも禁止された夏を迎えた女の子の話。好きなものは不要不急と呼ばれる。そして不要不急のなかには、離婚して遠くに住んでいる父親との時間も含まれるのだ。

2020年の夏は、家族と家族以外の境界線がこれまでになくはっきりと分けられた。家族は会ってもいいけど、家族以外は会ってはいけない。なぜなら不要不急だから。……じゃあ元・家族は? あるいは家族みたいな関係性の人は? 

さらに一木けいさんの「音楽」は、せっかく好きな人と同じクラスになったのに、マスクのせいでちゃんと顔も見られないことを綴った物語。好きな音楽が似てて、気になっていて、だけど顔を見られなくて。もどかしい教室の狭間で、一瞬だけ、その目が合う瞬間がある。

小説は言う。好きな人の顔を見ることもまた、「不要不急」なんだろうか? もちろん感染症対策なのは分かるけれど。それでもそこで失われる日常に、私たちはもっと敏感になってもいいのかもしれない、と。

当たり前のように区切られるその不要不急の境目に、何かがこぼれ落ちる隙間がある。そんな不要不急の隙間に存在する日常を、小説たちは、丁寧にひろう。


ふつうだったら、外で遊んですごす夏休みを、家や学校にこもって過ごした日々。『Story for you』の収録作品を読むと、不要不急として切り捨てた文化は、それでもこんなに簡単に切り捨ててよいものだったのだろうか、と考え込んでしまう。「外で遊びましょう」と言われていた夏休みは、こんなふうに取り上げられていいものだったのかと。

もちろんまだ答えは見えない。だけど小説は、私たちのかすかな不要不急を拾い上げてくれる。ふわっと包み込むように、2020年の失われたなにかに光をあててくれる。

小説もまた不要不急の文化のひとつだけど、だからこそすくえる感情があるのだと、『Story for you』は伝えてくれる。

「ネオンテトラ」一穂ミチ(「しょうせつ現代げんだい」6・7合併号)

『全部ゆるせたらいいのに』一木けい(新潮社)

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