第55話 脱税疑惑は、花巻の大河内にたいする罠だった

文字数 2,699文字

 互いの弱みを探り合い、隙あらば息の根を止めようと機を窺(うかが)っている。
 どっちもどっち……花巻と大河内は似た者同士だ。
「大河内も花巻さんにやられる前に潰してやろうと、脱税スクープを『スラッシュ』を利用して暴露しようとしているんですね」
 立浪はため息まじりに言った。
「そういうことだろうね~」
 スティックキャンディを取り出し舐(な)め始めた花巻から動揺は窺えず、言動には余裕さえ感じた。
「五億の脱税のネタを握られているのに、よく落ち着いていられますね」
 立浪は本音を口にした。
 脱税スクープを暴露されたら、花巻は間違いなく逮捕されるだろう。
 それなのに、この余裕はなんだ?
「大河内の目的は脱税スクープを記事にすることじゃなくて、僕からの連絡さ」
 花巻が立浪と鈴村を交互に見て意味深な笑みを浮かべた。
「どういう意味ですか?」
 鈴村が立浪の疑問を代弁した。
「大河内は立浪ちゃんが僕に脱税スクープの件を伝えるとわかってて、わざと命じたのさ。大河内のシナリオはこうさ。立浪ちゃんから話を聞いた僕が泡食って連絡をしてくる。脱税スクープの件を暴露するのをやめてほしければ、これからは俺の下につけ。そう要求するつもりさ」
 花巻は他人事(ひとごと)のように言うと、スティックキャンディをピチャピチャと耳障りな音を立てて舐め始めた。
「大河内の奴隷になれって話ですね? 屈辱的な要求なのに、どうしてそんなに余裕なんですか?」
 立浪は探り続けた。
 身の破滅に繫(つな)がる指令を大河内が出したというのに、焦るどころか余裕の体(てい)でいる花巻の肚が読めなかった。
「大河内は僕を奴隷にできないことを知ってるからさ。だって、脱税スクープで脅(おど)すのは僕の爆弾を出させるのが目的だからさ~」
「爆弾って『Sスタイル』の中富社長の監禁暴行動画のことですか?」
「もちのろん! 大河内はね~、僕にネタを摑まれてるのを察して立浪ちゃんに一芝居売ったのさ。僕に切り札を出させるためにね」
「大河内が脱税スクープを暴露しない代わりに、花巻さんも中富社長の監禁暴行動画を暴露しない……そういうことですか?」
恐る恐る立浪は訊ねた。
「相殺ってやつだよ、そーさい!」
「相殺……じゃあ、花巻さんの爆弾は使えなくなるんですか!?
立浪は思わず立ち上がった。
「仕方ないよね~。僕の脱税スクープ爆弾を使わせないためだからね~。いやいや~、さすがは大河内だねぇ。僕と互角に渡り合うんだからさ~」
 花巻が感心したように言った。
「そんなこと言ってる場合ですか? そもそも、大河内がなぜ花巻さんの脱税を摑んだか知ってますか?」
「スパイがいるんでしょう?」
「え!? スパイの存在を知ってたんですか!?
 涼しい顔の花巻に、立浪は驚きの声を上げた。
「僕の眼を欺(あざむ)くことなんてできないさ~。僕は千里眼だからね~」
「スパイは誰なんですか?」
 立浪は身を乗り出した。
「スパイはパイパイちゃんだよ~」
「こんなときにふざけないでくださいよ」
「ふざけてなんかないって。パイパイみゆちんがスパイだよ」
「えっ、あのギャルの秘書ですか!?
 思わず立浪は素頓狂(すっとんきょう)な声で確認した。
「ビンゴ! なんかこそこそしてて様子がおかしかったからさ、みゆちんのLINEを盗み見たのさ。そしたら僕の日常について大河内にあれこれ報告してたよ。僕がみゆちんの乳首をツンツンしたりプリケツをナデナデしたことまで報告してたから参っちゃったよ~」
 花巻が苦笑いしながら頭をかいた。
「どうして放置するんですか!?
 鈴村が怪訝そうに訊ねた。
「捕まえてどうするのさ? 脅し取る金もないし刑務所に放り込めるわけでもないし。利益にするために、敢(あ)えて飼ってるんだよ~」
「どういう意味ですか?」
 鈴村が質問を重ねた。
「流された情報は取り消せないし、だったらみゆちんを利用して僕に有利なガセを摑ませようと思ってさ。もう、摑ませてるけどね~」
 花巻がウキウキした表情で言った。
「どんなガセを摑ませたんですか?」
 今度は立浪が訊ねた。
「僕が五億の脱税をしているって情報さ」
「えっ……」
 絶句する立浪の視界で、花巻がニヤリと笑った。
                  ☆
 立浪は指定された西新宿のカフェに入ると、客席に視線を巡らせた。
 Xは大河内の息子、達臣(たつおみ)の二歳下の腹違いの弟なので二十三歳だ。
 XのツイッターのDMにメッセージを送った日の夜中に、立浪のトバシのスマートフォンのショートメールに返信があった。

メッセージありがとうございます。明日、正確に言えば今日ですが、午前十一時に西新宿の「珈琲伯爵」にきて頂ければ、達臣の犯した罪についてお話しします。

 店内は二十席ほどで、三分の一が客で埋まっていた。
 ほとんどがスーツ姿のサラリーマンふうの男性客で、二十三歳の若者の姿は見当たらなかった。
 もしかして、ガセなのか?

目印としてテーブルの上にスポーツ新聞を載せておきますね。

 心に疑念が過ったときに、Xのメッセージが脳裏に蘇った。
 フロアの最奥――立浪は巡らせていた視線を、スポーツ新聞が載っているテーブルで止めた。
 テーブルには飲みかけのコーヒーカップが置いてあるだけで誰もいなかった。
 載っているのは約束したスポーツ新聞、「日朝(にっちょう)スポーツ」なので、Xのテーブルに違いなかった。
 立浪は、しばらく待つことにした。
 万が一、違う客の席だった場合を考えて座るのは控えた。
「あの、どちら様ですか?」
 不意に背後から声をかけられた。
 立浪は振り返った。
 落ち武者のように禿上(はげあ)がった頭頂、皺々(しわしわ)のワイシャツのボタンを弾(はじ)き飛ばしそうな太鼓腹(たいこばら)……五十代と思(おぼ)しき中年男が立っていた。
「私、牧瀬(まきせ)という者です。人と待ち合わせをしているのですが……」
 立浪はしげしげと中年男の顔を見た。
 どうやら別人のようだ。
「日朝スポーツ」はメジャー紙なので、中年男が偶然に読んでいても不思議ではない。
「私とですか?」
 中年男が己の顔を指差した。
「すみません。勘違いのようです」 
 立浪は踵(きびす)を返した。
「お待ちしてました」
 店を出ようとした立浪の背に、中年男の声がかけられた。
「えっ?」
 立浪は足を止め振り返った。

(第56話につづく)

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