【エッセイ】本屋大賞“11位“。ランク外の悔しさをバネに炎のリベンジ

文字数 3,646文字

構想3年、印刷会社全面協力のもと、奥付に載らない本造りの裏方たちを描く、安藤祐介会心のお仕事小説『本のエンドロール』がついに文庫化。

文庫化にあわせて、なんと著者自らエッセイを書き下ろしてくださいました!

単行本刊行時は心に秘めていた、本屋大賞への思いとは。最後の最後まで熱いメッセージがこもったエッセイ、必見です!

でやぁああああああ~っ! 本ぬぉエンドロォルゥウウウウウウウッ!


冒頭から取り乱し、大変失礼致しました。

私はこの度、文庫版『本のエンドロール』にリベンジの思いを託して放ちました。

必殺技の名前を叫ぶような気持ちで、魂を込めて解き放つ感じです。

とにかく、そのぐらい悔しくて、めらめらとリベンジの炎を燃やしています。

いったい、何がそんなに悔しいのでしょう。


時を遡り、二〇一九年四月十日。平成最後の本屋大賞が発表された夜のこと。瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』が大賞受賞とのニュースを、私は一人の読者として受け止めました。

ところがその直後。『本のエンドロール』には、もうひとつの本屋大賞とでも言いましょうか、あまりにも衝撃的な結末が待っていました。


私のスマホに一通のメールが届きます。差出人は講談社の鍜治佑介さん。件名は「無念です」。本文には何も書かれていません。代わりに、本屋大賞の全順位表が添付されていたのです。

私はその順位表を二度見しました。いや、五度見ぐらいはしたかもしれません。


『本のエンドロール』は第十一位。


最終ノミネート十作品に一歩及ばずの「次点」だったのです。

本屋大賞は全国の書店員さんたちの投票により毎年一月に最終ノミネート十作品が発表され、その後、最終投票を経て四月上旬に大賞が発表されます。一月の時点では十一位以下の順位は発表されません。

つまり、四月の大賞発表の時、最後に「なお、十一位以下の順位はご覧のとおりです」という感じで、さらっと全容が判明する仕組みになっているのです。


まず、こんな気持ちでした。

<最悪の順位だ。いっそ知らないままのほうがよかった。>

十位と十一位との間には天と地ほどの差があります。最終ノミネート十作は全国の書店で本屋大賞の特設コーナーなどに陳列され、大々的に展開されます。しかし十一位の作品には何もありません。


私の胸には、色々な思いがぐるぐると巡りました。よりにもよって、なぜ十一位なのだ。せめて十二位以下だったら諦めがつきやすいのに。いや、せめて十一位には本屋大賞・残念賞みたいなのがあればいいのに……などなど……。


そしてショックの反動で、心の防衛本能のようなものが緊急作動しました。その結果、私の気持ちはこうなります。

<残念だったけれど、まあ仕方がない。静かに受け止めて前を向こう。>


今思えば、これは非常に良くない考えでした。もちろん、周りの人からの励ましや労いの言葉に対しては、感謝すべきだと思います。しかし少なくとも、私自身は簡単に前を向かず、作者としてちゃんと悔しがらなければならなかった。


なぜ今更こんなことを思うのか。

この『本のエンドロール』は、たくさんの人の思いを乗せた物語だからです。単行本の執筆当時、豊国印刷の皆さんをはじめ、印刷・製本業界の方々から、全面的な取材協力をいただきました。日々の仕事でのトラブル対応のことなど、込み入ったことをたくさん質問しましたが、皆さん快く話してくださいました。色々な思いを託されたのだと感じました。『本のエンドロール』は、私一人の物ではないのです。だから私は「残念だけど仕方がない」なんて簡単に割り切ってはいけなかった。


本の素晴らしさや、本造りに携わる人々の矜持を伝える使命を帯び、たくさんの人の思いを乗せて生まれた物語。一人では絶対に書けませんでした。見えない力に導かれ、様々な縁の力に背中を押され、たまたま私の手によって書かされた、書かせてもらった物語なのです。


二〇一八年三月に刊行された単行本の帯には、こんなコピーが記されていました。


「届け。本を愛する全ての人に」


届け、届け。心の底から願い、祈るような気持ちでした。


一方で、単行本発売の直前には恐怖心もありました。

本作は印刷会社を舞台にした本の賛歌、そして本造りに携わる人々の賛歌ですが、一方で、紙の本の減退や電子書籍の伸長についても生々しく描かれています。本を愛する人たちがこれを読んで、どう感じるだろうか。怖かったです。


しかしそんな心配も、すぐに吹き飛びました。

たくさんの書店員さんから熱いコメントをいただきました。

各地の書店で大展開していただき、単行本『本のエンドロール』は版を重ねてゆきました。重版出来、重版出来! 届け、届け、もっとたくさん届け!

印刷・製本業界の方々からもたくさん声を掛けていただきました。多くは「よくぞ描いてくれた」といった温かい言葉でした。


やがて、こんな声が上がり始めます。

『本のエンドロール』を本屋大賞へ送り出そう。

本屋大賞。毎年、全国の書店員さんの投票によって、一番売りたい本に贈られる、あの本屋大賞。私にとっては遥か地平線の彼方に浮かぶ夢の遠景でした。しかしこの時ばかりは私も「もしかしたらありえるかもしれない」と思い始めました。


しかし、結果は十一位。

私はSNSに敗戦の弁をひっそりと投稿していました。


〈本屋大賞、十一位。決勝十作にあと一歩。無念です。悔しくないと言うと大嘘になりますが、それ以上に、投票してくださった書店員さん、『本のエンドロール』を応援してくださった全ての方に感謝したいです。ありがとうございました〉


今改めて読み返すと、虫唾が走ります。すかしたことを言うなと。

潔いフリをして、正直な思いから逃げているだけではないか。潔くもなんともない。卑怯なだけです。応援してくださった全ての方に感謝しているのなら、もっと真剣に悔しがれよと言いたいです。


「届け。本を愛するすべての人に」

最初に抱いていた思いはどこへいった? 届けることを簡単に諦めてはいけなかった。届かなかった事実から逃げてはいけなかった。

本屋大賞で最終ノミネートされていれば、全国の書店で大展開されて、もっとたくさんの人に届いたはずです。

でも届かなかった……。決定的なスーパービッグチャンスをあと一歩のところで逃していたのに、その事実を知るや否や、うすら寒い敗者の美学みたいなものを気取っていたのです。

書いていて、どんどん腹が立ってきました。ああ、悔しい。なおさら悔しい!


幸いにも『本のエンドロール』は文庫としてもう一度この世に生まれることができました。このチャンスに、今度こそ本気で悔しがりたいと思うのです。

文庫版の帯の表面(表一)側には八重洲ブックセンター本店の狩野大樹さんからいただいたメッセージが記されています。


「この小説は本に携わる全ての人の物語です!」


まさにその通りです。

だからこそ本屋大賞十一位は、本当はものすごく悔しかった。

本に携わる全ての人の物語だからこそ、本屋大賞を通じてたくさんの人に届けたかった。

十位に入ってもっともっとたくさんの人に届いて欲しかった。本当に、本当に悔しかった。過去に遡って、後ろを何度も振り返り、見苦しくても、未練がましくても、全力で悔しがります。


そして文庫版となった今、今度こそ、もっと、もっと多くの人に届いて欲しい。

行け! 届け! 本屋大賞十一位の悔しさをバネに、炎のリベンジです。


単行本刊行から文庫化までの間、世界はウイルスの災禍に見舞われ、今もまだ収束していません。

この間『本のエンドロール』の主人公・浦本学や同僚たちは、何を思いながら仕事をしていたのでしょうか。

文庫版の特別掌編に、彼らの今を描きました。この掌編もまた、見えない力に導かれ、書かされたのだと直感しました。単行本を読んでくださった方も未読の方も、特別掌編を収録した文庫版『本のエンドロール』をぜひ読んでいただきたいと思います。


皆さん、この度、文庫になりました『本のエンドロール』、『本のエンドロール』です。

二〇一九年本屋大賞第十一位、第十一位、十位じゃなくて十一位の、とても残念だった『本のエンドロール』です。

私一人で書いた物語ではありません。本に携わる全ての人の物語です。読み終えた時にはもっと本が好きになる。そんな素敵な物語なので、どうか皆さん、読んでください。


最後は初心に返って、この言葉を。


でやぁああああああ~っ! 本ぬぉエンドロォルゥウウウウウウウッ!


もとい、


「届け。本を愛するすべての人に」

安藤 祐介(アンドウ ユウスケ)

1977年生まれ、福岡県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。2007年、『被取締役新入社員』でTBS・講談社第一回ドラマ原作大賞を受賞しデビュー。その他の著書に『六畳間のピアノマン』『夢は捨てたと言わないで』『不惑のスクラム』『テノヒラ幕府株式会社』『一〇〇〇ヘクトパスカル』『宝くじが当たったら』『大翔製菓広報宣伝部 おい! 山田』『営業零課接待班』などがある。

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