第12回

文字数 2,528文字

感染拡大がいったん収まり、一部外出や経済活動が解禁されたものの「withコロナ」時代を生きることになった人類。


仕事も飲み会も「家でやろう」に変わり、パリピやリア充からまさかのひきこもりに主役の座が移ったように見える。


しかし、「明治維新以来の日本の夜明け」とのぬか喜びは禁物、そこには様々な罠も潜んでいた!?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする困難な時代のサバイブ術!

今まで「ひきこもり」というのはネガティブなことであり、社会問題として解決すべきこととされてきた。

しかしコロナウィルス感染拡大の影響により、むしろお上が「家からでるな」とひきこもりを推奨するようになった。しかも世界的にである。


つまりここ半年で、治すべきとされていた「ひきこもり」がグローバルスタンダードなライフスタイルになったということである。

世の中何が起こるかわからない。

もしかしたら来年、自分以外の女が死滅して「世界一の美女」と呼ばれるようになっているかもしれないのだ。

それだと同時に「トップオブブス」ということにもなってしまうが、価値観というのはいとも容易く変化するということである。


ともかく、ひきこもりが世界的に歓迎すべきライフスタイルになったことにより「デキる男はこもってる」みたいな、包茎の暗喩の如きビジネス本や「むりしない!わたしのほっこりひきこもりライフ!」のような、お前はちょっと無理してでもそういう本を買うのをやめるところからはじめよう、というような、スローライフ本が山ほど出ているはずである。


早速我々はアマゾン(通販)に飛び「ひきこもり」と入力してみたところ、出てくるのは「脱ひきこもり」など、圧倒的にどうやってひきこもりをやめさせたら良いかという本ばかりであり、たまにファンタジーラノベが混ざってくるぐらいだ。


ひきこもりで豊かな生活など、異世界転生でもしなければ無理だと言われている気分である。


結局今は外が危険だからひきこもれと言っているだけで、安全になったらちゃんと外出ろよというのは世の中の総意ということになるが、これらの現在出ているひきこもり本から見えてくることもある。


まず脱ひきこもり系の本の表紙には、「親が死んだらどうする?」という激重フレーズが書かれているものが何点かあった。


本の表紙というのは、見る者の購買意欲をジャブジャブに煽るようなことが書かれていないといけない。

つまり、脱ひきこもり本を探している者にとって「親が死んだらどうするか」というのが最大の関心事であるということが伺える。

親が死んだらどうするか、というのは「イオンに電話する」などという意味ではない。


ちなみに何故イオンかというとイオンは葬儀事業もやっているからだ、もはや田舎の人間は生まれてから死ぬまでを全てイオンに握られていると言って良い。


そもそも、何故ひきこもりがひきこもれるかというと、働いたり外に出たりせずとも衣食住を補償してくれる強火のサポーターがついているからであり、それは多くの場合親である。


よって「親が死んだあとどうやって生きていくのか」というのは、ひきこもり当人や、ひきこもりの親にとっても一番の懸念材料ということになる。


実際親が死んだあとどうなるか、というと「一緒に餓死する」というある意味信念のあるタイプもいるが、親が死んでもどうしたらよいかわからない、もしくは親が死んだことで生命線である「年金」がもらえなくなったら困るので、通報されるまで遺体と一緒にステイホームという事件もそこそこ起こっている。

やはりひきこもりというのは笑える問題ではない。ほっこり包茎ライフとか言っている場合ではないのだ。


つまり、ひきこもりは経済的に支えてくれる親が死んだときが一番の問題と考えられているということだ。

逆にいえば「経済問題さえクリアできていればひきこもりをやめなきゃいけない理由は特にない」とも言える。


もちろん他にもいろいろ問題はあるが、それがひきこもりの一番の問題と思われているのは確かである。


そしてひきこもりを脱しようという本の中に、「ひきこもりでも出来る在宅ワーク」というような趣旨の本も見つけた。


ひきこもりをやめるのではなく、ひきこもったまま一番の懸念事項である経済問題を解決しようという、ひきこもりであること自体は肯定した本もなくはない、ということだ。


どちらかというと、こちらの方が健全な考え方な気がする。

前提としてひきこもりというのは、社会や集団というのに向いていない。

しかもピーマンが嫌い、などという好き嫌いのレベルではなく、アレルギーに近い者も多い。


現在のひきこもり支援は吸血鬼に対し「外に出て太陽の光浴びたら元気でるから!」と言っているようなものも、まだ結構多い気がする。


それで一時的に外に出したとしても、何せ体質的に外や社会に向いていないので、再び体調をくずし、またひきこもってしまう可能性が高いので根本的解決にはなっていない。


最近では、ひきこもりをやめさせるのではなく、ひきこもりのまま、どうやって経済的に自立させ、社会と接点を持たせるかを考える支援も増えているようであり、個人的にはこちらの考えの方がスタンダードになってくれればと思う。


信じられないことに、ほんのひと昔まえまでオタクだって「治すべきもの」というのが世論だったのである。


それが今では、他人に迷惑をかけず自分の金でやっているのだから何が悪いという考え方の方が一般的だ。


ひきこもりも、自活と迷惑をかけないという点をクリアすることで、スタンダードライフスタイルのひとつになれる可能性は十分にあるということだ。

★次回は7月24日(金)公開です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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