第32話 花巻が持っている、大河内を追いつめるための材料とは

文字数 2,977文字

「成功報酬の全額?」
 立浪は花巻の言葉を鸚鵡(おうむ)返しにした。
「そう。僕のネタは、僕がいないと使いこなせないからねぇ。お兄ちゃん達の目的は金じゃなくて、大河内のスキャンダルを暴(あば)いて奴を潰すのが目的なんでしょう? それに、お兄ちゃん達も最初に金がかからない上に僕が協力するんだから、都合がいいんじゃないの?」
 花巻が、立浪と鈴村を交互に見ながら言った。
「私達は助かりますけど、花巻さんはそれでいいんですか? 大河内から金を取れなかったら無報酬ですよ」
 鈴村が、花巻の顔色を窺(うかが)うように訊ねた。
「いいよ。大事なネタをはした金で買い取って貰っても仕方ないし、メジャー週刊誌と手を組めば大河内から金を引っ張りやすいしさ。お互いに、いいことずくめでしょう?」
 花巻が愉快そうに笑った。
「わかりました。手を組みましょう」
 立浪は即決した。
 完全に信用したわけではないが、どちらにしても花巻と手を組むにはリスクが付き物だ。
 それに花巻の言う通り、大金を先払いしないだけましだ。
 なにより、大河内を葬り去るために危険な橋を渡るのは避けられない。
「ただし、実費は払って貰うよ」
 花巻が立浪に歩み寄りつつ言った。
「交渉成立ですね。では、早速ですがネタを教えてください」
「その前にぃ~」
 花巻が立浪の隣の椅子に座り、テーブルに用紙を置いた。
「念書ですか?」
立浪は訊ねつつ、文言を視線で追った。
 いろいろと書いてあったが、ようするに大河内から絞り取った金はすべて花巻の取り分ということを認める内容だった。
「口約束は信用できないからねぇ~」
 花巻が差し出すペンを無言で受け取り、立浪は署名した。
「鈴村ちゃん」
 花巻に促され、鈴村も立浪の名前の下に署名した。
「オーケイ! 二人ともおいで」
 勢いよく腰を上げた花巻が自分の席に戻ると、ノートパソコンを操作し始めた。
 立浪と鈴村は花巻の両隣に座り、ディスプレイを覗き込んだ。
 花巻がフォルダをクリックすると、ディスプレイに動画の静止画像が映し出された。
「3、2、1……スタート!」
 映画監督のまねをしながら花巻が、動画の再生アイコンをクリックした。

 二人のスーツ姿の若い男達が、床に倒れる中年男を競うように蹴りつけていた。
 一人は百八十センチを優に超え、一人は百キロを優に超えていそうだった。
 中年男は簀巻(すま)きのようにロープで拘束されていた。
『そ、そちらとの契約が残っているなんて……ほ、本当に……知らなかったんです! 彼女は、先月そちらとの契約が終わったと言っていましたし……信じてください!』
 中年男が、泣きながら懇願(こんがん)した。
 中年男の顔は、人相がわからないほどに赤紫に腫(は)れ上がっていた。
 パイプ椅子に足を組み座っている五十絡みの男――髪を後ろで束ねた筋肉質の身体(からだ)にスリーピースのスーツを纏った男は大河内だった。
 大河内は中年男が痛めつけられているのをニヤニヤしながら眺めていた。
『てめえ、まだそんなでたらめを言ってんのか!』
 長身男が、中年男の下腹を爪先で蹴りつけた。
 中年男が身体をくの字に曲げ、吐瀉物(としゃぶつ)を撒(ま)き散らした。
『おい、中富(なかとみ)さん、いい加減に認めたほうが楽だぜ? あんたが悠梨(ゆうり)を唆(そそのか)して引き抜いたんだろ? さあ、白状しろよ』
 巨漢が腰を屈(かが)め、中年男……中富を促した。
『だから……何度も……言っているじゃ……ないですか……。彼女のほう……から電話をかけてきて……会ってくれと……』
『まだ惚(とぼ)けるか!』
 巨漢がロープを摑んで中富を軽々と抱え上げると、プロレス技のボディスラムのようにコンクリート床に叩きつけた。
 中富が呻(うめ)き、手足を痙攣(けいれん)させた。
『おいおい、脊椎(せきつい)イッちゃったんじゃねえのか? うわっ、こいつ、糞(くそ)漏(も)らしてるぞ!』
 長身男が鼻を摘(つま)んだ。
『クセっ!』
 巨漢が後退(あとじさ)りながら掌(てのひら)で鼻を覆った。 
『社長、どうしますか? これ以上やったら、死んじゃうかもしれません』
 長身男が、白目を剥き痙攣(けいれん)を続ける中富を指差しながら大河内に伺いを立てた。
『ウチのタレントに手を出したらどうなるか見せしめだ。くたばったら、わからねえように始末しとけや』
 大河内が言い残し、パイプ椅子から立ち上がるとフレームアウトした。
 ディスプレイが暗転した。

「どう? なかなかのショートムービーだったでしょ?」
 動画を止めた花巻が、得意げな表情で言った。
「やられていたのは、芸能プロの社長ですか?」
 鈴村が掠(かす)れた声で訊ねた。
 壮絶なリンチシーンを観て、口の中の唾液が干上がったのだろう。
「『Sスタイル』というモデルプロの中富という社長だよ。『帝都プロ』の悠梨という売れっ子モデルを引き抜いた疑いをかけられて、大河内に拉致(らち)されたのさ」
 七、八年前に、モデルプロダクションの社長が借金で失踪(しっそう)したというニュースを聞いた覚えがあった。
 だが、当時の立浪は文芸部に所属していたので、モデルプロダクション社長の失踪事件など気にも留めていなかった。
「この動画は、誰が撮ったんですか?」
 立浪は一番の疑問を口にした。
「ビルの清掃員の男だよ」
「清掃員?」
 立浪は予想外の撮影者に、思わず繰り返した。
「驚いたでしょ? 中富社長がリンチされていたのは、『帝都プロ』が別の会社名義で倉庫として借りていた雑居ビルの地下室なんだけど、大河内は監禁部屋に使っていたみたいね。地下フロアは大河内が借り切っていたから部外者の出入りはないんだけど、アルバイトの清掃員が夜に作業をしようとしたら女の喘(あえ)ぎ声が聞こえてきたんだって。ラブホテル代わりに倉庫が使われていると思った清掃員は、誰もいないときを狙って好奇心で隠しカメラを仕込んだ。そしたら、全然違った拷問(ごうもん)現場が映っていてびっくりしたらしい」
 花巻が、思い出し笑いをした。
「清掃員が盗撮した動画が、どうして花巻さんの手元にあるんですか?」
 立浪が知りたかったことを、鈴村が代わって訊ねた。
「清掃員の兄ちゃんは、スクープ映像を高価買取します、って広告を出しているウチのサイトのホームページからコンタクトしてきたんだよ」
「たしか中富社長の失踪事件は、借金絡みだと当時のマスコミは報じていましたよね?」
 立浪は記憶を手繰(たぐ)りながら言った。
「僕の調査では、大河内が息のかかった高利の金融会社に五千万の金銭借用書を作らせたみたいよぉ。もちろん、その金融会社と中富社長の間に金銭貸借(たいしゃく)の事実はないけどねぇ」
「つまり、借金の捏造(ねつぞう)ですか?」
 すかさず、立浪は訊ねた。
「そういうこと。死人に口なしだからねぇ。社員だって寝耳に水だろうけど、個人的に社長が裏で高利の金に手をつけていたって聞かされたらどうしようもないでしょ?」
 花巻が両手を広げて肩を竦(すく)め、別のフォルダをクリックした。

(第33話につづく)

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