第63話 花巻は大河内から大金を引き出すためだけに動いていた

文字数 2,711文字

                   ☆
「もうそろそろ、くる頃だと思ったよ~」
 ドアが開き、花巻自らが出迎えた。
「とりあえず、中に入ってよ」
 何事もなかったように、花巻が立浪を事務所に招き入れた。
 見慣れた黒大理石の円卓――花巻は自分の席に座ると、立浪に正面の席を促した。
「『YouTube』驚いた?」
 花巻が無邪気に訊ねてきた。
「なぜ、あんなでたらめを言ったんですか?」
 立浪は押し殺した声で訊ねつつ、椅子に腰を下ろした。
「ごめんごめん、僕のこと怒ってるよね? ソーリー」
 花巻が顔前で手を合わせ、軽いノリで謝ってきた。
「冗談につき合う気分じゃありません。答えてください。なぜ、私を陥れるようなまねをするんですか?」
立浪は冷静な声音で質問を重ねた。
「立浪ちゃん、なに飲む? 今日はスパイ秘書がいないから、簡単なものしか出せないけど。コーヒー?」
「いえ、結構です」
「それじゃあ紅茶? まさかのジャスミン茶? それとも……」
立浪は掌(てのひら)をテーブルに叩(たた)きつけ、花巻を睨みつけた。
「私にとって大河内抹殺(まっさつ)は、遊びじゃありません」
「僕にとっても、金儲けは命懸けさ」
 それまでのふざけた感じとは一転して、花巻が剣吞(けんのん)な顔つきで言った。
「だからって、私に濡れ衣を着せる言い訳にはなりません」
「濡れ衣はすぐに晴らしてあげたでしょう?」
 花巻が悪びれたふうもなく行った。
 
 ――ああ、その件ならもう解決しましたよ。さっき告発人が出頭して、勘違いだったと詫(わ)びてきましたよ。こちらの捜査でも、薬物の入手ルートは既に押さえてありますから。

 警察署で対応した刑事の言葉が脳裏に蘇(よみがえ)った。
「私を牽制(けんせい)するためだけに、あんなことをしたんですか?」
「ピンポーン! 犯罪者に仕立て上げたのはソーリーだけどさぁ、ああでもしないと立浪特急は停車しないでしょう?」
「無駄ですよ。そんなことで、私は止まりません。大河内は、犯罪者になってでも潰したい相手です」
 立浪はきっぱりと言った。
「おお~! 昼ドラ並みのドロドロの愛憎劇だね~」
 花巻が茶化すように言った。
「花巻さん、お願いします」
 立浪は頭を下げた。
「ちょっとちょっとちょっと~。やめてよ~。どうしたのさぁ、急に?」
「ここでやめてくれたら、犯罪者に仕立て上げられたことも水に流します」
 立浪は顔を上げ、祈るような気持ちで花巻をみつめた。
 できるなら、潰すべきターゲットを増やしたくはなかった。 
「あれあれあれ~? ずいぶん、上から目線だね~。その言葉、そっくり立浪ちゃんに返すよ。ここで僕の金蔓にたいしての攻撃をやめてくれたら、鈴村ちゃんの家を競売(けいばい)にかけたりしないから」
 花巻がウインクした。
「そうやって脅(おど)すなら、私も花巻さんに爆弾を落とさなければなりません」
 立浪は一か八かの賭けに出た。
「おっとおっとおっとー! 韓流(ハンりゅう)ドラマ張りの二転、三転の展開になってきたね~」
 口調はおどけていたが、花巻の瞳の奥は笑っていなかった。
「できれば、花巻さんとは争いたくありません。これで、終わりにしてください」
「もったいぶらないで教えてよ。僕の爆弾ってなによ?」
 花巻はあくまでも余裕の体(てい)を崩さなかったが、なにが爆弾なのかを気にしているのは明らかだった。
「手の内を明かすわけにはいきません。ですが、花巻さんを刑務所に送り込むだけの威力のある爆弾だということだけは言っておきます」
 ブラフ――刑務所送りどころか、花巻のスキャンダルなど摑(つか)んではいない。
 だが、はっきりしていることは、花巻に恨みを抱いている相手は片手ではおさまらないということ……刑務所送りにできるだけの爆弾は一つや二つではないということだ。
 その証拠に、立浪のハッタリを花巻は警戒していた。
 いま、花巻の思考は目まぐるしく回転していることだろう。
 どのネタを摑まれたのだろうと、気が気ではないはずだ。
「ほぉう、なるほどね~。僕を刑務所送りにできる爆弾ね~。さすがはメジャー写真週刊誌の敏腕編集者だね~」
 やはり、喰(く)えない男だ。
 動揺しているはずなのに、それをおくびにも出さなかった。
「私も本意ではありません。ですが、友人の家族を路頭に迷わせるわけにはいきませんから」
「上等じゃな~い。やれるものならやってみなさいよ。ただ、それをやったら、鈴村ちゃんは本当に終わるよ。僕には、まだ君に言ってないネタがあるんだ」
 花巻が意味深な言い回しをした。
「脅しても無駄ですよ」
「立浪ちゃんさ~、僕と鈴村ちゃんの出会いのきっかけを知ってる?」
「それがいまの話と、なんの関係があるんですか?」
立浪は怪訝な顔で訊ね返した。
「いいから、いいから。答えてよ」
「彼の担当している作家の遠山誠二(とおやませいじ)先生が、ブラックジャーナリストを題材に新作を書くということで、花巻先生に取材を依頼したんですよね?」
立浪は記憶を手繰りながら言った。
「そうそう。じゃあ、遠山先生が大の若い女好きってことは?」
「出版界では有名な話ですから」
 立浪は素(そ)っ気(け)なく言った。
 遠山誠二は過去に何度か女性問題を起こしていたが、写真週刊誌に掲載されたことはなかった。
 写真週刊誌は、芸能人やスポーツ選手と違い、作家には忖度する。
 作家のスキャンダルを掲載することで逆鱗(げきりん)に触れ、版権を引き上げられたり二度と小説を書いてくれなくなることを恐れてのことだ。
 もちろん、写真週刊誌が忖度するのは遠山のような売れっ子作家だけだ。
「それで僕が、若い女の子好きの遠山先生のために知り合いのクラブに連れて行ったことがあるんだよ。そのクラブは女子大生のバイトが多くてね。遠山先生は若い子に囲まれてはしゃいじゃって、どんどんお酒のピッチが上がってさ、かわいそうに、鈴村ちゃんが犠牲になってたよ。鈴村ちゃんはビール一杯で顔が真っ赤になるのに、ウーロン茶みたいな色をしたウイスキーを一気飲みさせられてさ。もうベロンベロンの酩酊(めいてい)状態よ。個室だったから遠山先生も悪乗りして、女の子の胸やお尻を触り始めたんだよ。挙句の果てには、ニャンニャンを始めちゃってさ~。僕の仕込んだ十七歳の女の子とも知らないで!」
 花巻が子供のように無邪気に笑った。
 立浪の胸奥で、不吉な予感が蠢(うごめ)いた。

(第64話につづく)

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