ミステリがなければ生きていけない 堂場瞬一×林家正蔵で語り尽くす!②

文字数 2,079文字

チャーミングな女性刑事登場
堂場 アメリカのハードボイルド小説の場合、主人公は私立探偵のことが多いですから、何をやるか/やらないかは、個人の意思によるところが大きいわけです。しかし、支援課は公務員なので、意思にかかわらず「やらなきゃいけない」ということが前提としてある。そこからどのように被害者に自分の気持ちを沿わせていくか。それは至難の業ですよ。本当に毎回苦しんで、苦しんで……そうしてすり減ってしまった村野が、今後どのように身を振るのかというのもまた、『チェンジ』の読みどころのひとつではあります。そして、これは言ってしまっていいと思うのですが、「支援課」シリーズは今後、主人公が替わります。それが『聖刻』の主人公、捜査一課に籍を置く29歳の女性刑事・柿谷晶なんです。ですから『聖刻』は、「支援課」のシーズン2、そのエピソードゼロという意味合いを持っているんですね。

正蔵 (パチパチパチパチと拍手)それは嬉しい! 『聖刻』を読み終わったときにまず思ったのは、「早く新作が読みたい!」ということだったんです。これからお読みになる方は、『聖刻』の最後の、あの印象的な二行をご覧になるはずですが、あれを読んだ瞬間に、「次が読みたい!」と私は思った。ですから、この先が続いていくのが今から楽しみです。そして何より、柿谷晶ですよ! いやあ、いろんな作家の方々が女性の刑事を主人公にした作品を手がけていらっしゃいますが、今回はねえ、久しぶりにチャーミングなキャラクターに出会っちゃったな、という感じです。

堂場 それはよかった、ありがとうございます。実は、完全に女性主人公だけで一本の長編を書いたというのは初めてだったんですよ。大丈夫でしたでしょうか、かなりビビっていたんですが……。


正蔵 とんでもない、もうあまりに魅力的で、完全にやられちゃいましたよ。合気道の有段者であり、男社会である警察組織のなかでもまったく物怖じしない強さを持っていながら、ほうれん草の【おしたし】を難なくつくるじゃないですか。あそこに心をキュッとつかまれちゃうんですよ(笑)。


堂場 喜んでいただけたようで、ホッとしました。『聖刻』は、大物司会者・前尾昭彦の息子である弘大が、殺人事件の犯人として出頭してくるところから物語がはじまります。前尾家は大学生の娘もモデルをしている芸能一家。殺人犯の家族として、マスコミやネットの激しいバッシングにさらされていきます。そこで晶は、刑事総務課の三浦亮子理事官から「あなたなら、加害者家族の痛みが分かるでしょう」と、前尾家の支援を頼まれる。「加害者家族の痛み」を知る晶の過去を匂わせながら、なぜか元恋人を殺した犯行動機を口にしない弘大の背後にある謎へと、ストーリーは進んでいきます。

ハードボイルドの基本は優しさ


正蔵 そんな晶が、こう話すのも印象的ですね。「ハードボイルドの基本は優しさだから。チャンドラーを読めば分かる」


堂場 ただ、アラサーの人間がそう言って説得力があるかどうかは、また難しいところですよね。これから年齢を重ねていくとまた、彼女自身がわかってくることもあるでしょうし、説得力もさらに出てくるのでは、と感じています。


正蔵 思い出すのは、自分が二十一、二歳、新宿のゴールデン街で飲み始めたころのことですね。音楽評論家で、海外ミステリの翻訳でも知られる浜野サトルさんから、「チャンドラーの『待っている』は、誕生日が来るごとに読み直すと面白さがわかる短編だよ」と教えていただきまして。田口俊樹さんのエッセイ『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』を読むと、この短編の新訳を通じての「大発見」が綴られているわけですが、ああ、浜野さんがおっしゃっていたことは間違いじゃなかったんだなあ、という思いを新たにしています。恋をしたり、失恋したり、そして結婚したりと、いろんなことを経験して人を見る目が養われていくうちに、だんだんと「待っている」の本質に近づいていく──そんな面白みがあるんですよね。
 そうそう、『聖刻』に、こんなフレーズもありました。「人は、『誰かのために』という目的があれば生きていける」


堂場 人間って、自分ひとりだと小さい存在じゃないですか。「1」だけでしかないんだけれども、そこに誰か相手がいると、1+1が「2」になって、器もそれだけ大きくなる。今はみんな自分のことばかり考えがちですけれど、そうやってだんだんと他人のことを考えていけば何とかなるかな、ということなんですよね。 


正蔵 他人の痛みが想像できるかどうかで、人としての器量が、ずいぶん違ってきますものね。

『チェンジ 警視庁犯罪被害者支援課8』(堂場瞬一・著、講談社文庫)


累計80万部突破!

大人気シリーズ・シーズン1、感動の完結。


元恋人の愛と昼食に向かっていた支援課・村野に、通り魔事件発生の一報が。

混乱する現場に駆け付けると、捜査一課追跡捜査係の沖田が、

被害者から乱暴に話を聴こうとしているのに遭遇する。

迷宮入り事件の再捜査が仕事の沖田が、なぜ現場に――。〈文庫書下ろし〉

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