第64話 鈴村も花巻の罠にかかっていたことを知ったが――

文字数 3,348文字

「直木(なおき)賞作家でありベストセラー作家の遠山誠二が、十七歳の少女に酒を吞ませてニャンニャン! 僕は大スクープを手に入れたってわけさ」
「最初から、遠山先生を嵌(は)める気だったんですね」
「もちのろんさ! 僕はピラニアだよ? 丸々と太った獲物が川に入ってきたのに、見逃すと思う? 謝礼が数万ぽっちの取材だけで、終わらせるわけないじゃないのさ~」
 花巻が高笑いした。
「遠山先生が未成年と淫行したからといって、担当編集者の鈴村の罪にはなりませんよ」
 立浪は不吉な予感を振り払うように、花巻に言った。
「まあまあ、慌てない慌てない。ちゃんと、鈴村ちゃんは脇役から主役になるから。別の女の子が、裸で鈴村ちゃんにもちょっかい出し始めちゃってさ。ズボンとパンツを脱がせてフェラをしたんだけど、フニャフニャでさ~。しがない編集者のスキャンダルなんてお金にならないから興味はなかったんだけど、ふざけ半分で何枚か写真を撮っちゃったってわけ。まさか、こういう形で役に立ってくれるとは夢にも思わなかったよ」
「でたらめを言わないでください。万が一、でたらめでなくても、鈴村は酔い潰れていたわけですし、仕掛けたのは女の子のほうですし……しかも、鈴村は女の子が未成年だということは知らなかったわけですし。どう転んでも、鈴村が非難されることはありませんよ」
 立浪は平静を装い反論した。
 少しでも弱味を見せると、徹底的に喰らいついてくるのが花巻という男だ。
「いまの言葉を鈴村ちゃんが言ったら、世論は納得すると思う? 僕はお酒で記憶を失っていて、知らない間に十七歳の女の子にパンツを脱がされ、知らない間に十七歳の女の子にフェラチオされて、知らない間に十七歳の女の子と添い寝して……そう説明すれば、ああ、それなら仕方ないね、ってなると思う?」
 花巻が人を食ったように言った。
 立浪は、すぐに言葉を返せなかった。
職業柄、そのシチュエーションの写真が世の中に出てしまえば鈴村に釈明の余地がないことはわかっていた。
 会社は解雇され、家庭は崩壊するだろう。
「最低の男ですね」
 立浪は絞り出すような声で言った。 
「あれあれあれ~。その言葉は立浪ちゃんにだけは言われたくないな~。だってさ、人の不幸を世間にさらしてお金を稼ぐって意味では、立浪ちゃんも同じじゃない? 立浪ちゃんが僕を非難するのは、痴漢が下着泥棒を非難するようなものだよ~」
 花巻が人を小馬鹿にしたように言った。
「一緒にするな! 俺は無実な人間を陥れたりはしない! 隠された真実を世にさらすだけだっ。あんたみたいに、捏造(ねつぞう)した真実で金を脅し取ったりしない!」
 立浪は鬱積(うっせき)した感情を花巻にぶつけた。
 こんな最低の人間に、敬意を表する理由はない。
「僕にたいしてのその物言いは、完全決別の意思表示と受け取っちゃってもいいのかな?」
 花巻が立浪を見据えた。
「証拠はあるのか? 言葉だけだったら、なんとでも言えるからな」
 立浪は、散り散りになりそうな平常心を搔(か)き集めて言った。
 花巻のハッタリの可能性も十分に考えられた。
 対策を立てるにしても、まずは証拠を確かめてからの話だ。
「一緒にするなって言葉、そっくり立浪ちゃんに返すよ。僕はね、スクープを捏造することはしても、持ってもいないカードで相手を脅すほど愚かじゃないんだよね~」
 花巻が、立浪の心を見透かしたように言った。
「俺が、ハッタリを言ってるとでも?」
立浪は動揺を悟られないように言った。
「ハッタリじゃないなら、僕を刑務所送りにできるっていう爆弾とやらがなんなのか教えてよ。別に教えたからって、爆弾が威力を失うわけじゃないでしょう? やっぱり、不発弾だから言えないんだ? あ、そもそも存在しない爆弾だから不発弾でもないか」
 花巻がペロリと舌を出して、立浪を挑発した。
 余裕の体でいるが、花巻も立浪がハッタリを言っていると確信しているわけではない。
 あの手この手で揺さぶりをかけながら、立浪がボロを出すのを狙っているに違いない。
「先に鈴村の淫行写真とやらを見せてくれれば、俺も教えるよ」
立浪は駆引(かけひ)きに出た。
 なにはともあれ、鈴村の証拠写真の有無の確認が先決だ。
「実は、鈴村ちゃんの淫行話はすべて作り話だった……なーんて、言うわけないよ~ん! ジャジャーン!」
 花巻がスマートフォンを立浪の顔前に突きつけた。
 ディスプレイに表示される画像……全裸の少女とソファで抱き合う下半身裸の鈴村に、立浪の視線が凍(い)てついた。
「まだまだあるよ~」
 花巻がウキウキとした顔で、画像をスクロールした。
 鈴村の下半身に顔を埋める少女、唇を重ね合わせ横たわる二人。
 どの写真も、鈴村が酔い潰れているようには見えない絶妙のアングルで撮られている。
 この画像がSNSに拡散されば、鈴村の人生は終わってしまう。
「泥酔して前後不覚になった鈴村ちゃんに女の子が一方的にやったことだから責任はありませーんって、釈明してみる? もしかしたら、鈴村ちゃんに同情票が集まるかもよ。因(ちな)みにこのことは鈴村ちゃんに言ってないから、親友のことを思いやれば言わないほうがいいんじゃないのかな~。さあ、今度は立浪ちゃんの番だよ。君が摑んだ僕の致命的な爆弾とやらが、なにかを教えて貰おうか」
 花巻が勝ち誇ったように言った。
 立浪は目まぐるしく思考を回転させた。
 ここでハッタリだと認めてしまえば、完全に花巻ペースになってしまう。
 今回は切り抜けられても、また、いつ鈴村を盾に脅してくるかわからない。
「さあ、早くぅ、早く僕の爆弾を教えてよぉ~」
 花巻が立ち上がり、駄々っ子のように地団駄を踏んだ。
「脱税絡みのネタとだけ言っておこう。ただし、あんたが大河内に摑ませたガセネタじゃなくて、リアルな脱税のネタだ」
 立浪は、眉一つ動かさずに言った。
 噓(うそ)もバレなければ真実――最強の切り札となる。
「強請りたかりを生業(なりわい)にしている僕なら、表に出せないお金を貯め込んでいるっていうことくらい、小学生でもわかることだよ。脱税をチラつかせれば僕をビビらせられると思うのは、安易過ぎるんじゃな~い。僕が何十年国税に持って行かれてないと思ってるの? こんな職業だからこそ、叩かれても埃(ほこり)が出ないようにしてくれる優秀な税務チームがいるに決まっているじゃない。マルサが摑めない尻尾(しっぽ)を、立浪ちゃんが摑めるわけがないってことさ。アーユーアンダースターンド?」
 花巻が余裕綽々(しゃくしゃく)の表情で言った。
 なにからなにまで、花巻の言う通りだ。
 だが、認めるわけにはいかない。
 立浪がハッタリだったと認めないかぎり花巻の胸には、万が一、の思いが残る。
「そう思いたいのなら勝手にしろ。今日を含めて、三日間時間をやる。三日後の正午までに鈴村家の抵当権を外して画像の元データを渡せば、俺が国税にあんたの情報を渡すことはない」
 取り成す立浪は一方的に交換条件を口にすると席を立った。
「証拠も見せられない立浪ちゃんと、そんな取引なんてするわけないじゃな~い。大河内から聞いたんだけど、大河内の息子のヤバい動画を持ってるっていうじゃない。逆に三日後の正午までに持ってきたら、立浪ちゃんのほしいものを渡してあげるよ。でも、これがラストチャンスだよ。これ以上、君とお遊びするつもりはないからさ」
 花巻が、見たことのないような厳しい表情で言った。
 これが、花巻の真の姿に違いない。
「大河内への復讐は諦めろ。そう言いたいのか?」
 立浪が言うと、花巻が厳しい表情のまま頷いた。
「大河内を生かして金を引っ張ることより、国税に金を根こそぎ持って行かれないことを考えたほうがいい。天国も地獄も選ぶのはあんた次第だ。三日後、楽しみに待ってるよ」
 立浪は言い残し、ドアへ向かった。
「ミートゥー!」
 動じたふうもない花巻の余裕の声を背に、対照的に立浪は眉間に険しい皺(しわ)を刻みフロアを出た。

(第65話につづく)

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