『脱北航路』評・西上心太

文字数 1,044文字

海中のチェスマッチに胸躍る冒険小説
(*小説宝石2022年6月号掲載)

『脱北航路』月村了衛(幻冬舎)


 お、久しぶりに読む潜水艦アクションではないか! このジャンルでは大ヒットを記録したトム・クランシーのデビュー作『レッド・オクトーバーを追え』や、吉川英治文学新人賞受賞作の福井晴敏『終戦のローレライ』が真っ先に頭に浮かぶが、本書もその二作に引けを取らない。


 北朝鮮で実施された大規模な軍事演習の最中、桂東月大佐が艦長を務める潜水艦11号は、突如軍の指揮から離脱し、日本へ亡命するための航路を取る。


 粛清される危機を察知した政治指導員の辛吉夏上佐。〈あの家族〉の権力を維持するために、国民が飢え軍人が盗みを働く国家への絶望と、国家に尽くした弟の死に対する恨みを抱いた桂大佐。二人の目的が合致し、辛が療養所から連れ出した拉致被害者の日本人女性を亡命の切り札として搭乗させる計画が実行されたのだ。この設定が終盤に至って効いてくる。彼女の存在が北朝鮮の非道だけでなく、決断を下せず責任回避に走る日本政府の醜態を、直接描くことなく浮かび上がらせる。そこからは作者の静かで強い怒りを読み取ることもできる。


 もちろんアクションシーンのすばらしさは言うまでもない。11号はディーゼル機関の老朽艦で、ときおり危険な海上に浮上する必要がある。そこをめがけ北朝鮮軍の特殊部隊、爆撃機、新鋭水上艦、特殊任務船が次々と襲いかかる。何度も危機を躱(かわ)すが、登載兵器は減少し、逆に艦のダメージは増えていく。クライマックスにはライバル艦長との潜水艦同士の死闘が用意されている。知力の限りを尽くし、相手を上回る次の一手を繰り出す海中のチェスマッチのディテールを、豊かに的確に描写する筆力は無類で胸が躍る。必読の冒険小説だ。


新ヒロインは警察小説版「フーテンの寅」

『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 網走サンカヨウ殺人事件』鳴神響一(徳間文庫)

 ユニークな新ヒロインが登場した。朝倉真冬は警察庁勤務のキャリア組だが、長官官房審議官である上司から、全国都道府県警の問題点を探るよう命令される。

「地方特別調査官」としての初任務は、原生林で起きた殺人事件捜査における不正疑惑の究明だ。ルポライターを装った真冬は懐かしの地、網走に飛ぶ。

 警察小説版「フーテンの寅」が作者の目論見と聞く。自然や食べ物などその土地の濃密な描写と、謎解きとの融合が狙いの興味深いシリーズになりそうだ。もちろん真冬が恋心を抱く「ナイト」も毎回登場するはずだ。

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