3冊目/五十嵐律人の『法廷遊戯』
文字数 1,530文字
WEBメディアやYouTube、はては地上波ゴールデンまでーー。
幅広く活躍の場を広げ続ける東大発のクイズ集団「QuizKnock」。
treeでは、その第一線で活躍するメインライターのひとり、河村・拓哉さんに書評連載の筆を執っていただきました。ご自身としては初となる書評連載です。
第3冊目は、新人作家のデビュー作にして、2020年いくつもの国内ミステリランキングでランクインを果たした『法廷遊戯』です。
文系の魅力に溢れたこの本を、過去の僕に捧げる。
僕は高校の文理選択で何も考えずに理系を選んだ。結果には後悔は無いけれど、過程には後悔している。当時の僕は文系の学問について何も分かっていなくて、だからこの選択は可能性を一瞥もせず捨てることと同義だった。文系の面白さを教えてくれるこの本を、高校生の僕に捧げる。
そして「文系」という言葉から文学と歴史の話題しか思いつかなかった人にも、この本をオススメします。ロースクール(法曹育成学校)から始まる法律ミステリー。
法廷で裁判官が着るのは法服という黒衣だ。漆黒は中立性を象徴する、何者にも染まらない色。審判者は感情で動いてはならず、論理的でなければならない。だから検察官も弁護側も、極めて厳密で論理的な言葉を使う。日本語の使い方として、一番論理的なものではないかと思う。
ところでこの本は小説で、白い紙に印刷されている。五線譜、キャンパス、原稿用紙。白は芸術表現を受け入れる可能性の色だ。小説は読者の感情を揺さぶるもので、これもまた日本語の一つの使い方である。
この本は法廷ミステリーで、だから日本語の可能性として黒白両方の言葉を併せ持つ。これが文系代表の理由だ。
そして推す理由は、ミステリの面白さと学問に真摯なことである。
主人公の久我清義はロースクールの生徒。ヒロインの織本美鈴に関係した暗い過去を持ち、だからこそ法律家を志した。ロースクールでは簡易裁判ゲーム「無辜ゲーム」が行われている。ゲームの審判員は天才・結城馨。ある日、清義の過去を告発するビラがまかれ、美鈴の家にも魔の手が迫る。そして、ゲームの果てに殺人事件が起こる。法廷を舞台に、三人は三つの立場で事件に関わる……。
面白い。緻密で無駄のない物語構成、人間味溢れる登場人物たち(サクちゃんが好きです)。そしてミステリのクライマックスが、論理と感情の衝突と共に来る。エンタメに真剣である。
学びになる。これは単に法律知識の導入が丁寧である話ではない。現実の司法には、有罪無罪の黒と白に収まらない、様々な問題点がある。例えば冤罪だ。こういう問題にどんどん踏み込んでいく。法学に真剣である。
素晴らしいのは面白さと学びが両立していることだ。切り込んだ司法の問題がそのままミステリの必須構成要素なのである。だから読書中には楽しみの一部であり、読後には読者の血肉となる。
黒と白の言葉で、黒と白の合間に迫っていく。スリリングな読書体験と、読後に見る灰色の鮮やかさを約束する。
書き手:河村・拓哉
YouTuber。Webメディア&YouTubeチャンネル「QuizKnock」のメンバーとして東大卒クイズ王・伊沢拓司らと共に活動。東京大学理学部在籍。Twitter:@kawamura_domo