【法廷遊戯】『受け継がれるメフィスト遺伝子』

文字数 1,777文字

【2020年8月開催「2000字書評コンテスト:『法廷遊戯』」〈編集部イチオシ〉受賞作】


受け継がれるメフィスト遺伝子


著・野田源心

「いや、真逆だよ。同害報復は、寛容の論理なんだから」

       ――五十嵐律人『法廷遊戯』


 メフィスト賞、などという怪しげな名前の小説賞がある。

『法廷遊戯』はそんな風変わりな賞を受賞して世に出た作品だ。メフィストフェレスという名前の悪魔が賞の由来であり、望みを叶える代償に魂を頂いていく悪魔だとされている。名が体を示すという言葉がある通り、メフィスト賞受賞作にはまるで悪魔と契約をしたかのようなトンデモない作品が勢揃いしている。「尖った」賞というわけだ。

 そんな悪魔の寵愛を受けて『法廷遊戯』は生まれる。メフィスト賞からはいわゆる「新本格ミステリー」と呼ばれるジャンルの作品がいくつも受賞しているが、決してミステリーだけを対象にした賞ではない。あくまで広義のエンターテイメントを対象にしており、過去の受賞作にはハイファンタジーやSFに重きを置いた作品もある。しかし不思議なことに『法廷遊戯』のような素晴らしいミステリーが定期的に生まれてしまうわけである。私はメフィスト七不思議と呼んでいるが、その謎は中々解明されそうにない。

 さて、「一作家一ジャンル」とすら形容されるほど作風に多様性を持つメフィスト賞であるが、受賞作『法廷遊戯』の特異性は一体どこにあるのだろうか?

 まず前提として、本作は良質な法廷ミステリーである。前半はいくつもの模擬裁判ゲームで読者の興味を引き、後半は前半の話を元に現実の法廷を展開し、一つの結末へと収束させていく。徹頭徹尾法廷の形式に則って展開されていくミステリーだ。知と知のせめぎ合い、法と論理を用いた丁々発止。法に対して誠実であるがゆえに、ある意味ゲーム的である。しかしそれは決して無機質で陳腐なゲームではない。ゲームを通じて人と人とが物語を織りなすような、血の通ったゲームである。本作は読者の知的好奇心と物語的感受性を同時に満たしてくれる、そんな作品なのだ。

 では、そのような法廷ミステリーであることがこの作品の特異性なのか? いや、そうではない。それ自体が特別目新しいということはないだろう。魅力の一つではあるが、あくまでその部分はベースに過ぎない。ではどこにあるのかというと、この作品の特異性は主人公の人間性にあると私は考えている。

 ロースクールの学生であり後に弁護士となる主人公、久我清義(通称セイギ)は、この物語の中でいわゆる探偵役を務める。ミステリーにおける探偵役というのは常識のないエキセントリックな人間として描かれがちだが、倫理観に関してはごく一般的な遵法精神を持っていることが殆どだ。しかも法律に携わる主人公となれば「強固な遵法精神を持っているべき」と考える人が大多数であろう。しかし本作の久我清義はそうではない。最低限の遵法意識こそ持っているものの、生きるために必要と判断したならば一歩だけ踏み越えることもやむなしと考える。彼の中で法律は生き抜くための武器でもあるのだ。

 既存の倫理観で満足せず、ともすれば露悪的にも映る新たな視点を提供する。そしてその倫理観に作者の、そして読者の赦しをも与えんとするのが非常にメフィスト賞的である。多感な少年の自意識に基づく捩じれた倫理観を肯定した浦賀や佐藤、西尾といったメフィスト賞作家のように。そして作者の術中に一度ハマれば、我々は寛容の論理を以て主人公達と接することになる。

 少し間違えれば悪徳弁護士が誕生してしまうだろうところで必死に踏ん張り、物語を最後まで書ききるのは作者の手腕が為せる業だろう。エンターテイメントとしても良質であるのだ。

 メフィスト賞には前衛的だと形容するしかない作品もある中で、『法廷遊戯』はエンターテイメントとしても真っ当に面白く、しかし一筋縄ではいかない作品だ。

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 メフィスト遺伝子は間違いなく受け継がれている。

 素晴らしくも面白い本作はメフィストへの入り口となる作品だ。残念ながら出口はない。

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