第14回 小説講座 第1巻第2話 浜本尚太篇②

文字数 3,234文字

メフィスト賞作家・木元哉多、脳内をすべて明かします。


メフィスト賞受賞シリーズにしてNHKでドラマ化も果たした「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズ。

その著者の木元哉多さんが語るのは――推理小説の作り方のすべて!


noteで好評連載中の記事が、treeに短期集中連載決定!

前回はこちら

    浜本のまわりには、五人(一条華子、鹿子木、千原、天野、岩田)います。

    そのうち物語を動かすうえでもっとも重要な役割を担っているのが岩田です。ただの脇役ではありません。

    僕はこれを「回転軸」と呼んでいます。

    まずは冒頭、配送ミスをした浜本のカバーをして、すぐに得意先に商品を届けたのは岩田です。そのおかげで大きなトラブルにならずにすみました。

    続いて、鹿子木に怒鳴られて落ち込む浜本を、得意のモノマネでからかって、場を明るくするのも岩田です。

    そのあと千原になじられた浜本を、「気にすることないですよ」と励ますのも岩田。

    浜本はずっと岩田に救われています。

    もし岩田がいなかったら、取引先と深刻なトラブルになっていたかもしれないし、鹿子木や千原に怒られて社内で孤立していたかもしれない。

    岩田はこれまでも浜本を助けていたはずです。岩田がいなければ、浜本はとっくに会社を辞めていた可能性もある。

    岩田が、いわばセーフティネットの役割を果たしています。

    そのあと一度死んで、生き返るのですが、沙羅からの電話を受けて、冷凍室から浜本を助けだすのも岩田です。そしてラストシーンで、浜本が勇気を出して天野をデートに誘うきっかけを作るのも岩田です。

    岩田がこの物語を回しているといっても過言ではありません。その意味で「回転軸」と呼んでいます。


    この物語は、浜本と岩田の関係性で回っています。

    二人の立場は逆転しています。先輩の浜本のほうがヘマばっかりして、後輩の岩田がカバーしている。その関係性のおもしろさで物語を引っぱっています。

    言いかえれば、浜本の個性は岩田との関係性において発揮され、逆に岩田の個性は浜本との関係性において発揮されるということです。

    岩田は、人のミスをカバーするのが得意だし、誰かが落ち込んでいると冗談を言って励ます優しい性格でもあります。その岩田の個性は、ヘマばっかりして落ち込んでいる浜本との関係性で活かされる。

    たとえば千原との関係性では、岩田のよさは発揮されないわけです。

    誰かがミスをしないと、岩田の持ち味が発揮されない。物語の最後のほうで、岩田が「だから最近、つまんないんだな。先輩がヘマしないから、俺の出番がないじゃないですか」と言うのですが、このセリフにもそれが表れています。

    岩田のような人間が、職場や学校のクラスに一人いると、いじめは起きにくい。岩田がいじめられっ子だったという設定になっているのは、そういうつらい経験を通して、彼が獲得した能力ともいえるからです。

    この小説を読んで、岩田のよさや果たしている役割に気づける人は、洞察力や人間観察力に富んだ人です。リーダーになる資質があります。

    もちろん、沙羅は見抜いています。

    だからこそ冷凍室で気絶している浜本を助ける役として、岩田を選んだ。沙羅は電話をかける相手をちゃんと選んでいます。二人の関係性を見抜いていて、岩田に助けさせているんです。

    そして最後まで浜本と岩田の関係性で物語が回って、閉じます。二人のコンビのおもしろさが、この物語の心地よさに寄与しています。


    ちなみにテレビドラマ版だと、岩田がまったく活かされていません。

    ただの脇役になっています。でも、これはやむをえないかな、と思っています。

    原作もドラマ版も、序破急の三部構成なのは同じです。ちがうのは、沙羅の立ち位置です。

    原作では沙羅は主役ではなく(この回の主役は浜本)、狂言回しなのですが、ドラマ版だと沙羅が完全に主役になっていて、浜本は準主役といったところです。

    それに応じて、序破急の割合もちがってきます。原作は2:3:1ですが、ドラマ版は2:7:1くらい。つまり主役である沙羅の登場シーンを意図的に増やしています。その結果、序、つまり殺されるまでの出来事は簡略化されていて、おおむねナレーションベースで進んでいきます。

    この手の原作ドラマ化は、脚本ができあがった段階で、原作者である僕のところに脚本が来て、もし変えてほしいところがあったら言うことができるようになっています。僕がその脚本を読んで、気になったのは次の二点です。

    一つは、前述の通り、岩田が活かされていないことです。

    特にドラマ版だと冷凍室から浜本を助けだすのは天野になっています。そしてその流れで、浜本と天野が結ばれるというクライマックスになる。

    これは僕の中では絶対にありえない。浜本を助けるのは岩田でなければいけない。

    もう一つは、一条華子が出てこないことです。

    これは物語の基本ですが、特に短編の場合、冒頭のシーン、つまり最初の10ページくらいで、主人公のキャラクターを強く印象づけなければなりません。少なくとも主人公の名前、性別、年齢、職業、そして現在置かれている状況がすっと飲み込めるようでなければいけない。

    この小説の冒頭は、一条華子に怒られるシーンです。

    そして、それに対する謝りっぷりのよさで、浜本の美点を印象づけています。同時にこのシーンは、物語の終わりで、浜本が千原を許すシーンと対応しています。


「今回のことはすべて私の不注意が招いたことで、責任は私にあります。大変申し訳ありませんでした」


「俺もみんなに迷惑をかけないように努力する。でもまあ、俺のことだから、またやらかしたときは、助けてください。頼りにしてるからさ」

「ああ・・・」

「もう謝らなくていいよ。お互い、言いっこなし。お終い」


    浜本の美点は、自分がミスをしたときは潔く謝ること。逆に自分が謝られる側になったときは、かえって恐縮して「いいよ」と言っちゃうところです。

    この二つのシーンが対応することで、浜本のキャラクターが完成されるという考え方でした。

    ただ、ドラマ版だと、どうしても時間の制約があるため、相対的に重要でないシーンや登場人物は削られるかたちになります。一条華子が削られたことで、浜本の謝りっぷりがいまいち印象づけられず、結果的に浜本の描かれ方が不完全になっています。


    気になったのはこの二点です。

    とはいえ、原作とドラマ版はコンセプトから異なるものだし、ドラマ制作側の考えも分からなくはありませんでした。

    ドラマのいいところは、役に、役者自身の魅力が乗っかるところです。岩田や一条華子がどうあれ、沙羅(中条あやみ)と浜本(小関裕太)が対決するシーンが見たい、と言われたら、まあ、それはそうかな、と思います。

    原作を換骨奪胎して、多少そのよさを損ねたとしても、ドラマの持つ映像的な強みを押しだす。主役を中心にして、視覚的インパクトのあるシーンを多く作るという点で、脚本家の姿勢は一貫していました。なので、あえて何も言いませんでした。

    実際、ドラマを見ると、そこはまったく気になりませんでした。原作通りにやっていたら、かえってごちゃごちゃして見づらくなっただろうな、というのが僕の実感です。

    では、また次回。

今回で、メフィスト賞作家・木元哉多さんの脳内を明かす「推理作家の思考」tree集中連載は終了いたします!


ですが、本家本元である木元哉多さんのnoteでは、引き続き連載予定!

すでに、この先3話分もnoteにて掲載されていますので、今後とも要チェックをお願いします!


木元哉多さんのnoteは、こちら←←←

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