第67回

文字数 2,346文字

青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。


快適な汚部屋の底から、インターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

前々から「やってる場合か」と言われ続けてきたオリンピックだが、直前になって関わった人間が次々に消滅していくという怪現象が起き始めたため、ネットはいよいよやらない方がいいという意見で埋め尽くされていた。


しかし、いざ始まるや否や、今度は普通に開会式を楽しんでいる人の声で主にツイッターは埋め尽くされた。

もちろんこれは、さっきまで「祟りじゃ」と言っていた人たちが、ドラクエの曲を聞いた途端滂沱の涙を流しはじめる、強火のこういちニストだったというわけではなく、今まで黙っておくしかなかった「何気にオリンピック楽しみにしてた勢」が急浮上しただけと思われる。


しかし、国全体で見ると完全に情緒不安定である。こんなメンヘラ国で正気を保って生きているだけでもみんなタフすぎるので、逆に日本もまだ捨てたモノではないという気がしてきた。やはりオリンピックは人を元気にする、これだけは確かだ。


しかし、直前まで、オリンピックなどやるべきではない、絶対見ない、と言っていた人でも、自分のタイムラインが開会式で盛り上がっているのを見て、正直ちょっと興味が湧いてしまったのではないかと思う。


ネットとSNSが発達し、様々な情報、そしていろんな人の「お気持ち」を目にするようになってしまった今、己の意見や信念を曲げないでいるというのは至難の業である。


ネットの情報や意見を鵜呑みにし続けた結果、オリンピックに関わってもいないのに自我が消滅してしまうというのはよくあることである。


しかし、考えが一切変わらないのが良いかというと、逆にそれは、人の意見を聞かない、己の誤りを認めない、ということだったりもする。

そもそも人間の考えというのは、加齢や経験によって変わって当然のものなのだ。


また、時代が変わることにより「この考え方は古いから変えなければいけない」ということもある。

そこで「もう『ちい、わかった』と言って若者を困らせるのはやめよう」という決断を下す者もいれば、「俺はどれだけ若者にきょとんとされようが言い続ける」と信念を新たにしてしまう者もいる。どちらかに分かれてしまうとは思う。

しかし「この考えのままで良いのか」と疑ってみるのは大事であり、人の意見やお気持ちを参考にすることも必要である。


だが、人の考えが変わるのは当然にもかかわらず、この「考え方が変わった」ことに対し日本人は割と不寛容な気がする。


もちろん、昔他人に迷惑をかけたというなら、いくら本人が「今は反省している」と言ってもやられた方は知ったこっちゃない。

しかし「この時は確かに『コーラで洗えば大丈夫』と発言しましたが、今は誤りだと理解しています」と釈明しても「でも30年前にそう言ってるんだから」と言って、聞く耳を持たれないケースもわりと多い気がする。


やったことも言ったことも消せはしないが、撤回も修正も許さないとなったら「じゃあ謝罪も反省もやるだけ無駄だからしない」ということになりかねない。


最近の先生方のように、会見の翌日に、昨日言ったことを撤回する会見を開くのは、もっと考えて言え、と指摘されても仕方がないが、あまり人の数年前の発言を「あの時はああ言っていたよね」と詰めすぎるのは不寛容な気がする。


私も昔書いたものを読むと、随分と意見が変わっている。

作家や著名人は発言などが保存されやすいため「過去を掘られる」ことが多いのだが、最近は誰もがSNSをやり、発言が記録される世の中になってきているため、一般人でも掘られてしまう時がある。


しかし、私が9歳の頃タイムカプセルに「脳みそバーン!」と書いて埋めてしまったように、当時はその発言を「数年後掘られたら困る」とは気づけないものなのだ。


ちなみに、そのタイムカプセルは埋めた場所を忘れたので未だに掘り起こされていない。

つまり、昔言ってしまった今思えばどうかしていること、というのは「掘り返されないことを祈る」しかできないというのが現状である。


だがせめてリアルタイムで「どうかしている」とわかっていることは言わない冷静さは持ちたいところだ。


ともかく、先日までオリンピックに批判的なことを言っていたのに、始まった途端普通に楽しんでいる人がいても「頑張っている選手を見ている内に考えが変わったんだな」ぐらいに思えば良いのではないかと思う。


ちなみに、刑務所には慰問に対して笑ったり声を出してはいけないというルールがあるところがあるしく、その結果、慰問の人は「無表情」の人たちの前で芸や歌を披露することになり、それがとても辛いという。


おそらく選手たちも白け切った人たちの前で戦うのは辛いだろう。

反対だったが、はじまってしまったものは仕方がないから応援する、ぐらい切り替えが早い方が良いのかもしれない。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は8月13日(金)です。

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