第15話 柏木は本当に潔白なのか!? 証拠を得た立浪は

文字数 3,607文字

――悪口になるみたいで言いづらいことなのですが、柏木君が濡れ衣を着せられるのはまずいので。杏奈ちゃんには、昔から虚言癖があります。
――ストーカーが家に押し入りレイプされそうになった、劇団の女の子に妬(ねた)まれて携帯番号をネットで晒(さら)された……彼女の話を信じていろいろ調べていくうちに、そんな事実はなくてすべて彼女の自作自演だったことが発覚したのです。ほかの劇団員に、僕にホテルに連れ込まれそうになったと吹聴(ふいちょう)していたこともあります。今回の柏木君の件も、彼女の虚言だと思います。

 脳裏に蘇(よみがえ)る野原の言葉に、頷きそうになる自分がいた。
 野原の言葉が真実なら、杏奈が立浪と相良に話した出来事は虚言ということになる。
 たしかに柏木は胡散臭(うさんくさ)い男だが、杏奈に虚言癖があっても不思議ではない。
 杏奈と会ったのは今日で二回目なのだから、彼女がどんな人間であっても驚かない。
 しかし……。
 立浪は思考を止めた。
「柏木さん、五分くらい彼と外で話す時間を頂いてもいいですか? どうやら、こちらの勇み足のようです。君が持ってきたネタだ。わかってるんだろうな?」
 立浪は柏木に伺(うかが)いを立てると、相良に厳しい視線を向けた。
「ええ。五分でも十分でも気が済むまでどうぞ。でも、あまり彼のことを責めないであげてください。人間は、過ちを犯しながら成長してゆく生き物です」
 柏木が芝居じみた口調で言いながら、懐の深さを見せた。
「お気遣いありがとうございます。ちょっとこい」
 立浪は相良を促し車外に出た。
 相良が強張った顔で、ラゲッジスペースから二匹の犬を連れて降りてきた。 
 立浪は早足で、車から三十メートルほど離れた。
 柏木を安心させるために、視界に入る場所を選んだ。 
 二人は、柏木の車に背を向ける格好で立った。
「立浪さん、もしかしたら、僕はガセを摑(つか)まされたのかもしれません。どう責任を取れば……」
「ガセじゃない」
 立浪は、消え入りそうな相良の声を遮り言った。
「でも、あの二人も野原って人も打ち合わせする時間がなかったのに、同じことを言ってました。こんな偶然は、狙ってできることではありません」
「ガセじゃない」
 立浪は、同じ言葉を繰り返した。
「どうして、そう言い切れるんですか? 僕への慰めなら必要……」
「謝れ。頭を下げろ」
 相良を遮り、立浪は命じた。
「え?」
相良が怪訝な顔を向けた。
「柏木が後ろから見ているかもしれない。言葉はいいから仕草だけそう見えるようにしろ」
 立浪が言うと、相良が怪訝な顔のまま頭を下げた。
「ガセじゃない根拠はあるんですか?」
頭を下げながら、相良が訊ねてきた。
「根拠はない。勘だ。だが、俺の勘は外(はず)れたことがない」 
「まあ、たしかに柏木は怪しいですし、あの女だって急に噓だったとか不自然過ぎますよ。でも、立浪さんだって、彼らの証言は辻褄(つじつま)が合っているのを聞いたでしょう?」
「ああ。気持ち悪いくらいにな。たしかに三人に口裏を合わせる時間はなかった。だが、絶対に裏があるはずだ。敢(あ)えて奴がクロだという根拠を挙げるとすれば、自分の車に誘ったことだ」
 立浪は、思考を巡らせつつ言った。
「どうしてそれが、柏木がクロだという根拠になるんですか?」
「考えてみろ。柏木のような売れっ子が、本当に潔白なら一瞬は驚いて立ち止ったとしても、事務所を通してくれと足早に立ち去るはずだ。それなのに柏木は事務所を通さずに、自分の車で取材を受けた。しかも、命の次に大事にしている愛犬に付き添いもしないでだ。一連の行動の意味することがわかるか? 我が子同然の愛犬より優先すべきこと……タレント生命を守るためだ。身に覚えがあるからこそ、柏木は貴重な時間を割いて愛車に俺らを招き取材に応じたのさ」
「そう言われると、ここまで協力的になるのは不自然ですよね。でも、柏木がクロだとどうやって証明するんですか? 切り札の杏奈が前言撤回しているわけですからね」
 相良がため息を吐いた。
「今日中に、シロクロはっきりさせるから楽しみにしていろ」
 立浪は、意味深な言い回しをした。
「なにか摑んでいるなら、すぐに戻って問い詰めましょう! こんなところで立ち話をしてる場合じゃないですよ!」
 相良が勢い込んで訴えた。
「慌てるな。魚が針を飲み込むまでの時間が必要だ」
「魚が針……なんですか?」
「とにかく、あと十分はここで時間を潰(つぶ)す。お前は、謝っている振りを続けてくれ」
 立浪は一方的に言い残し、眼を閉じた。
 
 頼む、時間に食いついてくれ……。

 立浪は、心で祈った。
                    ☆
「お待たせしてすみません。五分のつもりが十五分くらいかかってしまいました」
 立浪は詫びながら、メルセデスGクラスのパッセンジャーシートに乗り込んだ。
 相良は、二匹の犬とともに外で待たせていた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それより、彼は車に乗らないんですか?」
柏木が、フロントウインドウ越しの相良に視線を移した。
「はい。これから編集部に戻り、杏奈さんの証言を報告してきます。後日、編集長とともにお詫びに伺います」
 立浪は、深々と頭を下げた。
「顔を上げてください。誤解が解ければ、僕は満足です。わざわざ、お詫びにきて頂く必要はありません。それに、腹癒(はらい)せとはいえ杏奈君が僕からDVを受けていたと立浪さん達に話したのは事実ですからね。今回のことで時間も経費も使ったでしょうし、むしろ立浪さんのほうが被害者です。杏奈君。改めて、ご迷惑をおかけしたことをお詫びしなさい」
 柏木が立浪に気遣いを見せ、杏奈を厳しい口調で促した。
「本当に、申し訳ありませんでした。私の個人的な感情で、立浪さんや相良さんに大変なご迷惑をかけてしまいました」
 杏奈は、言葉とは裏腹に無表情だった。
 開き直ったり不貞腐(ふてくさ)れているというよりも、なにかの感情を抑え込んでいるふうに見えた。
「一番迷惑をかけた相手は、柏木さんだと思いますよ。では、これで失礼します」
 立浪はふたたび頭を下げ、車を降りた。
「どうでした!?
相良が立浪に駆け寄り、開口一番に訊ねてきた。
「とりあえず、行こう」
 立浪は立ち止らずに告げると、急ぎ足で通りに出た――路肩に停車していたアルファードのドライバーズシートに乗り込んだ。
 相良が犬とともに後に続き、リアシートに座った。
 立浪は、三センチ四方の超小型サイズのICボイスレコーダーを相良に掲げて見せた。
「もしかして、仕掛けていたんですか!?
「ああ。パッセンジャーシートの背凭(せもた)れと座面の隙間に挟んでおいた」
 立浪は言いながら、ICボイスレコーダーをスマートフォンに接続した。
 このICボイスレコーダーは極小だが、六十メートル離れた場所の音声を拾うことができる。音声を検知すると自動的にスイッチが入り、音声が一分間途切れると停止する優れモノだ。
 ただし再生機能は付いていないので、録音内容を聴くにはスマートフォンかパソコンに接続しなければならない。
「さすが立浪さん、抜かりないですね」
 相良の瞳が輝いた。
「喜ぶのはまだだ。収穫がなければ意味がない」
 立浪は素っ気なく言うと、ボイスレコーダーアプリの再生キーをタップした。
『怒られているんだろうな。あの、若い奴』
 柏木の声に、相良がシート越しに身を乗り出してきた。
『案外、ちょろかったな。敏腕とか言っても、写真週刊誌の記者なんてあんなもんだ』
 柏木が、立浪を見下したように言った。
『守ってくれるんでしょうね?』
初めて、杏奈の声が聞こえた。
『お前がこんな馬鹿な真似(まね)をしなければな』
『しないわ。来クールのドラマの準ヒロインにキャスティングするって約束を守ってくれればね。約束を破ったり、また、暴力を振るったりしたら立浪って人に暴露するから』
 杏奈の言葉に、思わず立浪は握り拳を作った。
『簡単に言うなよ。お前みたいな三流のエキストラ女優をプライムタイムの連ドラの準ヒロインにするなんて、成績が悪い子供を東大に入れるようなものだからな』
 柏木が皮肉っぽく言った。
『なんでもいいから、約束は守ってよね。破ったら本当に……』
『わかったって言ってるだろうが! くそアマが!』
『いまのあなたを、みんなに見せてやりたいわ。なにが日本一のフェミニスト俳優よ』
『調子に乗るのもいい加減にしろっ。暴露されてもいいから、顔面グチャグチャにしてやろうか!? お?』
柏木の罵声(ばせい)を最後に、音声は途切れた。
(第16話につづく)

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