【最終回】 コンビニ夜勤中に襲われた怪奇現象の謎
文字数 3,509文字

コンビニには、その店ごとに色々な噂が付いて回ります。
――常連でいつも○○を買って行くお客さん、実はその筋の人らしいよ。
――いきなり店を辞めたあのバイトくん、店のお金を盗んでいたかもしれないんだって。
――それを買ったら不幸になるジンクス商品がある。このあいだもあるお客さんがそれを買って店を出た直後に交通事故に遭ったらしい。
他愛のないものから尾ひれがついたものまで、店員たちは日々あることないこと噂を立てます。その中でも一番盛り上がりを見せるのは、やはり超常現象の類い。
『ここは……(幽霊が)出るよ』
私は勤め先だったコンビニのオーナーから、そう真顔で真剣に言われたことがあります。他の店員も口を揃えてその存在をほのめかすものですから、本当にそんなものが出るなら一度見てみたいというワクワクした気持ちで一杯でした。
大抵そこで囁かれていたのは、ポルターガイスト現象とラップ現象の二つ。
人が近くにいないはずの売り場の棚から、ひとりでに商品が落ちた、移動した、とか、誰もいないはずのバックヤードから奇妙な音や声が聞こえてくる、来店音が鳴ったのに出入り口に誰もいない、など枚挙に暇がありません。
ただそれらもひとつひとつ確かめていくと、なんてことはなかったのです。たとえばポルターガイスト現象。売り場の商品は基本的に前出し(お客さんが手に取りやすい、目につきやすいように手前側に)するのが好ましいとされ、店員は暇さえあればその作業をしています。つまり、コンビニの商品は基本的に前のめりになっているということ。商品を溢れんばかりに棚に詰め込み過ぎたりしていると、落下防止用のバーが機能せず、床に落ちてしまうことが多々あるのです。
ラップ現象も、たとえば発注締め切り時刻や緊急情報を知らせてくれるデスクトップパソコンの音声案内を『誰もいないバックヤードから聞こえる声』だと勘違いしたり、ペットボトルを陳列するウォークイン冷蔵庫に備え付けられたファンと、レジ袋などの店の備品が接触して響く異音を怪奇現象だと思いこんだり……。
こんなふうにいざ真正面から向き合ってみると、他の超常現象も簡単に説明できそうなものばかりなのでした。
つまり幽霊なんて結局はコンビニに存在しない――そう思っていたある年の8月。その日の夜は、うだるような暑さだったことを覚えています。ただし店内は空調が効きすぎなくらいに効いてましたので、半袖のユニフォーム姿では若干寒いほどでした。ウォークイン冷蔵庫での作業が、より極寒に感じるほどの寒さ。
その日の夜勤は私ともう一人の計二人でシフトに入っていましたが、シンクロするようにそれぞれ両腕をさすって、「さむいなー」「ですねー」と嘆いては笑い合っていました。
その一緒にシフト入りしていたのがJ先輩。凄く真面目な勤務態度で、店長からの信頼も厚かった彼は、午前2時までのシフトでした。
そのため、私は午前2時から午前6時まで一人で勤務に臨むことに。一人でコンビニを切り盛りすること自体は珍しくありません。深夜帯なのでほとんどお客さんも来ませんし、納品作業や清掃作業もすぐに終わるので、バックヤードで待機する時間の方が長かったくらいです。
基本的に一人の方が気楽な私としては、ワンオペは願ったり叶ったりです。真夜中ぽつんと佇む店にずっと一人でいる物寂しさや物恐ろしさよりも、その時間なんの気兼ねもなくバックヤードに籠もって原稿のことをひたすら考えていられることの方が私にとっては大事だったのです。
午前2時半頃――お客が来ないのをいいことに、ギーギーと異音が鳴るチェアの背もたれに寄りかかって原稿のことで頭を悩ませていた私は、ふと奇妙な違和感を覚えました。
デスクの横に備えつけられた防犯カメラのモニター。本当に何気なく顔を上げてそちらを見たとき、そこに人の姿が――売り場に佇む人の後ろ姿が一つあったのです。

人の後ろ姿。もちろんそれ自体が防犯カメラのモニターに映るのは普通です。しかし、今回に限っては普通じゃありません。
なぜなら、音がしなかったのです。コンビニに来店すれば必ず鳴るセンサーチャイム。それでもって私は本来深夜帯の来客を察し、レジカウンターへと顔を出します。私がバックヤードでどんなに物思いにふけていようと、その大きな音を聞き逃すはずがありません。
にもかかわらず、音もなくその者は売り場に突如現れたのでした。
まさか……幽霊?
私はたちまちギョッと目を見開かせ、戦慄しました。
そもそも売り場には誰もいないことを入念に確認したうえで、バックヤードに籠もったはず……。
トイレ含む洗面ルームやイートインは……間違いない、防犯の観点から深夜は封鎖している。今日だってそう……。
裏口や窓ガラスなどの別ルートも一切ないことから、出入り口のみでしか店内には出入りできなかった……ということは?
まさかセンサーチャイムのボリューム設定がオフになっていた……? そう思って操作パネルを確認するも、しっかりとオンになっています。つまり誰かが通りさえすれば普通に鳴っていた……? じゃあ、どうして――。
恐る恐るモニターに視線を移します。
……えっ!?
なんと少し目を離した隙に、その姿はもう見えなくなっていました。
売り場から忽然と消えていたのです。先ほどまで、確かにペットボトルの売り場の前で佇んでいたはずなのに。
背筋に冷たいものが走りました。恐怖を押し殺して売り場に出た私は、消えた姿をくまなく探します。しかしとうとう見つけられず、仕方なくバックヤードに戻るほかありませんでした。
チェアに腰を下ろして、溜め息をつきます。何気なく後ろを振り返ると、
目の前に、青白い顔。
『わぁあっ!!!!!!!!!!!』
たまらず上げた叫び声。
『うおぁっ!!!!!!?』
なぜか返ってくる叫び声。
『…………』
『……何やってるんですか先輩』
その正体は、幽霊ではありませんでした。
そう、30分前まで一緒にシフトに入っていたJ先輩だったのです。
彼はなんと、退勤してからずっとウォークイン冷蔵庫の中で私に見つからないよう待機していたというのです。ウォークイン冷蔵庫はその名の通り歩いて入れる大きな冷蔵庫で、ちょっとした密室になっており、内部の様子はバックヤードや売り場からははっきりとわかりません。空調が効いていたことで、私がより寒い場所に近寄らないとみて、そこに潜んでいたのだとか。
しかしわからないのは、どうしてそんなことをしたのか? ということ。寒さで青白い顔になってまでやる冗談にしては、J先輩の幽霊じみた行動は度が過ぎています。
そのことについて尋ねると、J先輩はこう言いました。
『少し前に、辞めていった店員がいるんだ。彼は売上金の一部を深夜帯の勤務中に盗んでいたから店長が辞めさせた。それ以来、バックヤードに防犯カメラをとりつけるまで俺が怠慢・不正行為を働いていないかこっそり調べているんだ』と。
途中でこっそりウォークイン冷蔵庫から売り場に出たのは、その一環。私が、人が売り場にいるのにバックヤードに籠もるような怠慢な店員かどうか、試してみたそうなのです。
J先輩は店長から信頼されていたため、そんな内偵みたいなことを頼まれていても不思議ではありませんでした。しかしつい先ほどまで談笑していた人が、仲が良いと思っていた先輩が、まさか自分を疑ってそんなことまでするなんて。
『怖がらせてごめん』と、J先輩は頭を下げます。私は『大丈夫です。こんなの怖いうちに入りません。もっとずっと、怖いものだってありましたから』と自身の実体験を思い返します。
『じゃあ今までで何が一番の恐怖体験だったんだ?』
J先輩の問いかけに、私はレジカウンターの方を恐々と見ます。
『数ヶ月前コンビニ強盗に襲われて……』
そして素直に答えました。
『包丁を突きつけられたときです』
結局コンビニにおいて幽霊より怖いのは人でありお金、そう思った秋保でした。
全4回ご覧いただき誠にありがとうございました。
秋保水菓