第36話 小説家と編集者を装う二人は、徐々に核心に迫る

文字数 2,550文字

 小説家を騙(かた)ったのは、疑われずに自然な流れで「クレセント」の客層の情報を訊き出すためだ。
 過去二回とも来店したときにリクエストしたキャストは新人で、客のことはなにも知らなかった。
「小説家さんの取材に協力するなんて、夢みたいです! なんでも訊いてください!」
凛が声を弾(はず)ませた。
「じゃあ、早速だけど、このお店には芸能人とかくるのかな? 物語が、ラウンジで遊んでいた売れっ子タレントが事件に巻き込まれてゆく、みたいな内容なんだよ」
 口を衝(つ)くでたらめのオンパレード――牧野の情報を得るためなら、大噓吐きになることを厭(いと)わなかった。
「たくさんいますよ。ウチは、ラウンジの中でも芸能人率は高いと思います。ねえ」
 凛が、美鈴に同意を求めた。
「うん。ウチのオーナーは芸能界に人脈があるみたいですから。メジャーなアーティストさんや、連ドラで主役をやっているような俳優さんもきてますよ」
 美鈴が、我がことのように得意げに言った。
「たとえば、どんな人がきているの?」
 さらりと、立浪は訊ねた。
「え~、それはさすがにまずいんじゃないかな?」
「VIPのことは……ねえ」
 凛と美鈴が、顔を見合わせた。
「絶対に秘密にするから。小説家っていうのはフィクションでもモデルがいたほうがリアリティのある小説を書けるんだよね。あ、もちろん誰だかわかるような書きかたはしないよ。性別や年齢を変えてわからないようにするから。ね? 創作意欲を掻き立てるお手伝いだと思ってさ」
 立浪は畳(たた)みかけるように言いながら、顔の前で両手を合わせた。

――その牧野のことだが、数年前から薬物を使用しているって噂(うわさ)がある。
――牧野健が薬物!?

 鈴村が裏返った声で叫んだ。
 
――ああ、これまでにも何度か麻取(まとり)や警視庁の組対(そたい)5課が内偵を重ねていたらしいが、やたらと嗅覚が鋭くてなかなか尻尾(しっぽ)を出さないそうだ。
――尻尾を出さないんじゃなくて、クスリなんてやってないだけだろう?
――完全なシロなら、麻取や組対5課が内偵するはずがない。
――そもそも、牧野健に内偵が入ったっていうのがガセじゃないのか?

 鈴村は懐疑的な姿勢を崩さなかった。

――いや、かなり精度の高い情報だ。

 立浪はきっぱりと言い切った。
 三上がネタ集めに西麻布や六本木(ろっぽんぎ)の繁華街をパトロールしていたときに、何人かの飲食店関係者が「クレセント」の名前を挙げた。
「クレセント」は芸能人やスポーツ選手御用達(ごようたし)として麻布界隈(かいわい)では有名なラウンジで、アイドルだった男性が経営者らしい。
 三上が耳にしたのは、「クレセント」が芸能界薬物汚染の巣窟(そうくつ)になっているという噂だ。
 三上の情報源は、三ヵ月前まで「クレセント」で働いていたキャストだ。
 出入りしている芸能人の中でも牧野健は常連中の常連で、週の半分はVIPルームで飲んでいたという。
 牧野はテレビで観ているイメージそのままに物静かな飲み方で、キャストにたいしても敬語を使っていたそうだ。
 ただ、一度だけ牧野が三十分ほど席を外して戻ってきたときに態度が横柄(おうへい)になり、言葉遣いも敬語どころかキャストをお前呼ばわりして、身体(からだ)を触ってきたことがあるという。
 そのキャストはほかのキャストからも、似たような体験を聞かされたと三上に言った。
 キャスト達の話で共通しているのは、中座する前は紳士的に飲んでいた牧野が戻ってきたときには別人のように粗野(そや)な言動になったことだ。

――なるほどな。その元キャストっていう女の話がでたらめじゃなければ、牧野健の豹変(ひょうへん)ぶりは怪しいな。しかし、ラウンジに潜入っていうのは気が進まないね。

 三上の情報を聞かされた鈴村が、渋面(じゅうめん)を作った。

――でたらめかどうかを確認するだけの価値はある。牧野健を薬物スキャンダルで叩(たた)ければ、「帝都プロ」に与えるダメージはアイミーのスキャンダルどころじゃない。系列の看板タレントじゃなく、本丸のエースタレントの薬物事件だからな。ドラマ、映画、CM……牧野の仕事量を考えると違約金は十億を下らないだろう。手負いになった大河内(おおこうち)を、花巻さんのネタで止(とど)めを刺すつもりだ。
――それはわかるが、ラウンジに潜入するのは俺じゃなくてもいいだろう? 情報屋の男とか「スラッシュ」の記者とか、いくらでも適任者がいるじゃないか。

 鈴村が不服そうに言った。

――三上さんは「クレセント」に三ヵ月前まで勤めていたキャストと繋(つな)がっているし、もしかしたらほかのキャストに顔が割れているかもしれない。「スラッシュ」の記者に関してはアイミーの件があるので、巻き込むことはできない。
――だからって俺が……。
――俺とともに戦ってくれると言ったのは、噓(うそ)なのか?

 立浪は鈴村を遮(さえぎ)った。

――ああ、俺としたことが不用意な約束をしたもんだ。一生の不覚だね。

「絶対に、秘密にしてくださいね」
 凛が声を潜(ひそ)め、顔を近づけてきた。
「ああ、絶対に誰にも言わないよ」
 立浪は力強く頷(うなず)いた。
「じゃあ、手塚先生を信じて特別に教えますね」
 凛が立浪に恩に着せるように言った。
「『ラビットボーイ』のボーカルの石川太陽(いしいたいよう)、『スラムタウン』のツッコミの大和田(おおわだ)、野球選手の中矢(なかや)投手、サッカー選手の迫田(さこた)選手……この人達は、週一ペースで来店しています」
「そうそうたる顔触れだね。有名な俳優さんとかもいるんでしょう?」
 さりげなく、立浪は凛を促した。
「何人かいますよ。相本敬(あいもとけい)、中野太郎(なかのたろう)、松山翔真(まつやましょうや)……この辺も、結構な頻度できますね」
「みんな、連ドラでよく顔を見る売れっ子だね。もっと大物はいないの? 月9とか大河で主役を張るような超売れっ子は」
「超売れっ子ね~。誰かいたかな?」
 凛が思案の表情になった。
(第37話につづく)

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