「さらば二十面相」 辻真先

文字数 1,905文字

(*小説宝石2021年4月号掲載)

2021/03/26 17:59

えば長いおつきあいであった。


 ぼくがはじめて怪人二十面相の名を知ったのは、昭和12年の「少年倶樂部」誌だからかれこれ八十四年の昔になる。隅田川(すみだがわ)を泳ぐ黒い魔物の白い歯の挿絵が、今も目に焼きついたままだ。そんな怪人の話を、まさかこの年になって自分で書くことができようとは、夢にも考えていなかったけれど、『焼跡の二十面相』『暁(あかつき)に死す』と長編を二冊書かせていただいた。亡き乱歩(らんぽ)先生に感謝するのみです。最近ぼくが生まれ育った名古屋のド真ん中に、先生の記念碑が(二十面相らしき怪人のデザインで)できたと聞く。名古屋大学の同期生に「名古屋ゆかりの作家なんて誰もいない」といわれ「江戸川(えどがわ)乱歩がいる」と応じたら、キョトンとされた。「名張(なばり)生まれで池袋(いけぶくろ)で亡くなった」としか知識にないらしく、がっかりした思い出がある。ぼくは愛知一中(今の旭丘(あさひがおか)高)だが、乱歩はおなじく五中(今の瑞陵(ずいりよう)高)出身なのだ。同郷のよしみという以上に幼時からのファンとして、推理作家協会五十周年記念の文士劇『ぼくらの愛した二十面相』や短編「東京鐡道ホテル24号室」などを書いたが、今回は怪人や探偵を凌(しの)いで小林芳雄(こばやしよしお)くんが活躍する、むかし懐(なつ)かし少年冒険小説の王道を行く長編のつもりだ。とはいえ書いたのは辻だからぼくの臭みが出る。せっかくの二十面相だから大物に化けさせたいとか、せっかくの明智(あけち)探偵だから明晰(めいせき)な推理を展開させたいとか。それでも根幹は、小林少年主演の冒険談なのだ(先生が書いてくれなかった彼の初恋物語でもある)。焼けただれた街を舞台に、飢えて貧しい敗残の昭和。それなのにふつふつと湧き起こった未来への渇仰(かつごう)を、満ち足りた令和の今でなく、あのころの少年少女のまなざしに見たと思うのは―老いたぼくの、後ろ向きな妄想にすぎないのだろうか。

2021/03/26 17:58
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【あらすじ】

敗戦の翌年。疎開していた少年探偵団の団員も少しずつ戻ってきて、にぎやかになりつつあったが、二十面相の暗躍もやむことがなかった。団員の羽柴くんの家には、明智探偵と小林少年の偽者まであらわれる始末。偽者たちの正体と、その目的はいったいなんだ!?


【PROFILE】

1932年生まれ。1982年『アリスの国の殺人』で日本推理作家協会賞を受賞。2009年、『完全恋愛』で本格ミステリ大賞を受賞。2020年日本ミステリー文学大賞を受賞。近著は『たかが殺人じゃないか』。

2021/03/26 17:59

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