関東の大乱を駆け抜けた太田道灌を主人公に、戦国の始まりを見極める

文字数 1,609文字

戦国時代の幕開けを告げる応仁の乱に先駆けて、関東では鎌倉公方が関東管領を謀殺したことを切っ掛けに関東全域を巻き込んだ大乱《享徳の乱》が勃発していた。その大乱でひときわ輝いた名将・太田道灌に、真保裕一さんが正面から取り組んだ書き下ろし時代小説『百鬼大乱』。本作の魅力を伝える細谷正充さんの書評を掲載します。(オリジナル)

関東の戦国という未開拓の場所に果敢に切り込む 

 戦国時代は、いつから始まったのか。さまざまな説が流布しているが、そのひとつに、明応の政変からというものがある。ちなみに明応の政変とは、細川勝元の息子の政元が、日野富子と組んで引き起こした、室町幕府の将軍の擁廃立事件だ。真保裕一が二〇一一年に刊行した『天魔ゆく空』は、その政元を主人公にして、戦国時代の幕開けを描いた、読みごたえのある歴史小説であった。

 

 しかしこの作品を含めて、戦国の始まりを扱った作品のほとんどは、京の都が中心となっている。ところが関東では、応仁の乱以前から、プチ戦国時代ともいうべき状況が続いていたのだ。近年になって幡大介や伊東潤が題材として取り上げているが、まだまだ歴史小説の未開拓の場所といっていい。そこに作者が本書で、果敢に切り込んだのだ。関東の戦国の始まりをどう活写しているのか、本を開く前から期待が高まる。そしてその期待は、見事に叶えられるのだ。 

若い頃から才気を見せた道灌が戦いの中で成長していく

 文安三年(一四四六)、元関東管領の上杉憲実(長棟)は、自ら再興した足利学校で、太田源六(後に資長を経て道灌)と出会った。上杉宗家を支える扇谷分家の家務・太田資清の息子である。まだ若い源六と話した憲実は、少年の才気に驚く。

 

 といった序章で大田道灌を印象付けた作者は、四年後に時代を飛ばし、物語を大きく動かしていく。過去の因縁もあり、鎌倉府の鎌倉公方・足利成氏と彼に仕える奏者の梁田持助たちは、関東管領の上杉家と対立していた。やがて戦となり、上杉家が勝利し、鎌倉は灰燼と化す。二十五歳になった資長は、上杉家の新たな足場として江戸城を築城し、存在感を発揮する。一方、古河に移り古河方公となった成氏は、上杉家との長い戦いを続けるのだった。


 享徳三年(一四五五)から二十八年にわたり断続的に続いた関東の戦いを《享徳の乱》という。この乱が応仁の乱の引き金になったという説もあり、歴史的に非常に重要な意味を持っているが、あまり一般には知られていない。作者は、そんな享徳の乱に注目し、渦中を駆け抜けた太田道灌を主人公にして、戦国時代の始まりを見極めようとしているのだ。


 といっても内容は堅苦しくない。扇谷分家の家務の息子という立場のため、思うように才気を生かせなかった資長が、戦いの中で成長していく姿にワクワクさせられる。また隠居して道灌と名乗るようになっても、上杉家を支えていた主人公が、それゆえに暗殺される展開は、史実とはいえ切ないものがあった。時代と人物に、正面から取り組んだ秀作なのだ。なお本書だけでも面白いが、『天魔ゆく空』も併せて読んで、複眼的視座から戦国時代の始まりはどこかを考察してみるのも一興であろう。

細谷正充(ほそや・まさみつ)

文芸評論家、書評家。時代小説やミステリーなどのエンタテインメント作品の書評や解説、アンソロジーの編纂などを手がける。

真保裕一(しんぽ・ゆういち)
1961年東京都生まれ。1991年『連鎖』で第37回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。1996年『ホワイトアウト』で第17回吉川英治文学新人賞、1997年『奪取』で第10回山本周五郎賞、第50回日本推理作家協会賞長編部門、2006年『灰色の北壁』で第25回新田次郎文学賞を受賞。他に『覇王の番人』『天魔ゆく空』『ダーク・ブルー』『シークレット・エクスプレス』『真・慶安太平記』、外交官シリーズ、「行こう!」シリーズ、小役人シリーズなど著書多数。

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