新刊『杜ノ国の神隠し』刊行記念エッセイ 「雪女とわたし」円堂豆子

文字数 1,582文字

文庫書下ろし古代和風ファンタジー『杜ノ国の神隠し』の著者・円堂豆子さんによる《刊行記念エッセイ》!

魅力的な物語世界が生み出された背景にあったかもしれない「その話」とは?

子どもの頃から、大変なビビりです。


家族が寝静まった夜にトイレにいくのを怖がる子どもはたくさんいると思いますが、わたしは昼間にいくのも苦手でした。トイレのドアを閉めたが最後、ドアに魔法がかかって二度と開かなくなるかもしれないからです。


いつのまにか別のトイレのドアに変わっていて、異世界の廊下に出ることになるかもしれません。密室になったのをいいことに突然妖怪が現れて、「誰も助けにこないぞ?」とニヤリとされるかもしれないですし、しかもトイレは狭いので、逃げられません。


わが家のトイレをメジャーで測ってみたら、幅が80cm、奥行きが130cmでした。ドアの内側に妖怪が現れたら、その時点で妖怪は至近距離にいます。もう駄目です。


入ったら二度と帰ってこられないかも……。スリッパを片足分だけ履きながら、トイレに入るのをためらう子どもでした。


ひとりでお風呂に入るのも苦手でした。


トイレよりやや広いので、逃げ場がちょっと増えるのは安心でしたが、わたしにとって風呂場は雪女が現れる場所でした。雪女はわたしの中で最恐の妖怪で、出くわしたら問答無用で殺されると信じていました。


「雪女がきても、お風呂に入れてしまえば溶けちゃうから、大丈夫」と胸で唱えながらそわそわ湯舟に浸かり、シャンプーの泡を流し終わった後に目を開ける時はいつも、「せえの」と気合を入れました。目の前の鏡に、知らない女の人の顔が写っていたらどうしよう……。


あんまり怖かったので、学生時代のレポートのテーマに「雪女」を選びました。怖さも含めて、雪女に興味があったんでしょうね。


調べてみたところ、雪女は、日本各地に昔話が残る由緒正しい雪の妖怪でした。白い着物姿の美しい女で、雪の晩に現れ、冷たい息を吹きかけて人を凍死させます。白い着物は白装束にも見えて「死」を連想させ、幽霊の雰囲気もあります。


面白かったのが、ストーリーが地方ごとにさまざまで、日本各地にいろんな雪女が存在したことでした。『遠野物語』には、小正月や満月の夜に、雪女が子どもをたくさん連れてきて遊ぶという話が載っています。


黄金を残していく歳神のような雪女もいるそうです。雪女がお風呂に入れられて溶けてしまう話も見つけました。なるほど、子どもの頃のわたしも、その話を読んだんですね。「雪女」と「お風呂」をくっつけて覚えたみたいです。


『杜ノ国の神隠し』という物語には、人間から恐れられる女神が登場します。書き終わってから気づきましたが、雪女にすこし似ています。


この物語では神様を、人間とは一線を画した、ありがたくも恐ろしくもある存在として書きましたが、雪女も「恐ろしさとやさしさを併せ持つ、美しい雪の怪」です。子どもの頃から自分にあった畏怖の念を、無意識のうちに込めたんですね、きっと。


『杜ノ国の神隠し』の舞台となる杜ノ国も、やや怖い面があるかもしれないけれど、神秘的で美しい世界です。ご来訪をお待ちしています。


円堂豆子(えんどう・まめこ) 第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門特別賞を『雲神様の箱』にて受賞しデビュー。他の著書に『雲神様の箱 名もなき王の進軍』『雲神様の箱 花の窟と双子の媛』『鳳凰京の呪禁師』(いずれも角川文庫)がある。滋賀県在住。

『杜ノ国の神隠し』(講談社文庫)……父母を亡くした二十歳の大学生・真織は、ふしぎな光に誘われ、春夏秋冬の豊かな森にのびた真っ白な道を通りぬける。真っ赤な炎と袴姿の少年。神社の境内のような場所で“何か”が行われている。「誰かいるのか?」と呼ぶ声が――。いま、壮大な物語の幕が上がる。古代和風ファンタジー、登場!〈文庫書下ろし〉

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