「呪いの功名」第2回

文字数 2,302文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろしショートショート連載中!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!

第3弾の「呪いの功名」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全2回)


体調不良のそもそもの原因とは──⁉

第二話 呪いの功名


 ベランダがある窓の外から子どもたちの声が聞こえてくる。

「じゃあねー」「また明日ねー」


 話に夢中なるあまり、気づいたら外は夕暮れ色に染まっていた。


「どうも長居してしまったようです。すみません」

「こんな興味深い話を聞けるならいつでも大歓迎だ」


 小泉吾郎は、はっはっと笑いながら私を見送った。

 玄関で靴を履いていると、やよいがつと近づいてきて小声で話しかけてきた。


「あの、つかぬことを伺いますが、誰かに恨まれるような覚えはありませんか」

「いえ、特に……」


 突然の問いかけに戸惑ってしまった。そもそも出歩くことが希な仕事である。人に会うことも滅多にない。


「それなら良いのですけれど……」


 やよいは言い澱んだ。


「妙なことが続いたので、呪われているとでも感じましたかね。大丈夫ですよ、この通り元気ですから」

「はい。でもわたしか心配したのは、もっと前のことですよ。食中りから一気に死にかけるなんて突然過ぎます。事故にしろ、病気にしろ、あなたを呪っていた人がいるかもしれません」


 私は鼻白んだ。オカルトやホラー話は大好きだが、呪いなんて信じちゃいない。


「あの、宗教関係の話でしたら勘弁してください。誰かに呪われるなんて心当たりもないですし。物書きをしていると有名税なんて言葉も聞きますが、私は売れっ子でもないですしね」


 それとも、ざしきわらしの件(※注2)だろうか。他人の幸運を妬む人は多いというが、しかしあれは患って精神的に不安定な状況に陥っていたさなかのことだぞ。僥倖と奇禍は仲良く手を繋いでやってくるものだ。


「ああ、すまんすまん。こいつが言ったのは、あんたを不安がらせる話ではないんだ。むしろ逆。いまはもう大丈夫だよって言いたかったんだよ」


 やよいの後ろから吾郎が顔を出した。


「どういうことですか」

「儂もな、あんたから話を聞いて思ったんだ。極端な重病化と回復。これって呪われていたのではないかとね。実際、先ほど見せてくれた写真では、儂らには呪紋斑が視えたからな。これは呪われた人間の身体に浮かび上がるものだが、視える人は少ない。でも、もう安心していいぞ」


 吾郎が、ぽんぽんと私の肩を叩く。

「気づいてないだろうが、あんたは病院で1度死んでいると思う」

「どういうことですか」この返しは2度目だぞ。

「呪いは相手の不幸を願うものだが、効果が短期間で進むのが特徴だ。事故にせよ病気にせよ、災厄や不遇にせよ、いずれ行き着く先は死だ」

「……ぞっとしない話ですね。私が死ぬとでも」


 いやいや、と吾郎がかぶりを振る。


「もう大丈夫だ。呪いを祓うか、死ななければ呪紋斑は消えない。でも、それが消えかかっていた。急速な回復は魂が抜けた反動だろうな。言っただろ、入院したときにあんたは死んだと思う」

「んな馬鹿な」


 私は鼻で笑った。信じられる話ではない。


「いや、それこそがミソだ」

 吾郎は口角を上げた。

「呪いの最終地点は相手を殺すこと。相手が死んだら終わりなので、そこで呪いは消える。滅多にないことだが、生き返ったときは、きれいさっぱり呪いは消えるんだ。だから反動で身体が回復する。まあ、糖尿なんかの持病は仕方ないがね」


 私の肩を掴んで揉みほぐしながら、吾郎は小さく頷いた。


「さらに良いことがある。呪いにかかって死んだにもかかわらず蘇生した場合は、呪いに対して免疫ができるのさ。同じ相手、また同じ種類の呪いにかかりづらくなる。つまり呪いについて気にしなくていいぞ、ってことだよ。怪我の功名ならぬ、呪いの功名だな」


 呪われたら、祓うには死ねばクリアできるってことか。

 ――って、出来るものか。呪われたから死のうなんて考えるわけないぞ。

 腑に落ちないが、私を励ましてくれていることは分かるので、とりあえず相槌を打つ。


「それともう1つ。回復してから感覚が以前より鋭敏になっているはずだ。いずれ他人の呪紋斑も視えるようになるぞ」


 リハビリ旅行での奇妙な体験の数々が脳裏を過ぎる。


 それは勘弁してほしい。職業柄、ネタになる話は大歓迎だが、あくまで傍観者としての立ち位置だ。身の安全は確保しておきたい。


 他人の厄介事に巻き込まれるのはまっぴらだ。

 私は安堵の笑みを返そうとしたが、顔が引き攣ってしまった。


「いままで経験しなかったことも、これからは往々にして体験する機会があるだろう。もしそんなことがあったら――」


老夫妻は私ににじり寄ってきた。


「ぜひ儂らに聞かせてくれ」


瞳を輝かせる2人に、私は「はい」と答えざるをえなかった。


※注2『だいたい本当の奇妙な話』 (講談社文庫)収録『ざしきわらしの足音』参照


嶺里俊介さんの「不気味に怖い奇妙な話」第1部は今回で終わりです。

第2部は3月からスタート予定! お楽しみに!

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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