「リハビリ旅行にて」第3回・赤い灯籠
文字数 1,745文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第二弾の「リハビリ旅行にて」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)
「リハビリ旅行にて」第3回は「赤い灯籠」。ひっ、と首筋が寒くなりますよ──。
発端は、ホテルの朝食を終えてロビーのソファで寛いでいたときに隣り合わせた人から聞いた話だった。
『参道に入ったら、通り抜けるまで決して振り返ってはならない』
よくあるオカルト話である。しかし近場にそんな神社があると知ったら好奇心が頭をもたげてしまう。
これは行かねばなるまい。
詳しい場所を訊いてメモを取った。教えてくれた彼が駅への送迎バスに乗り込むためにソファを立ち上がったときには、件の神社を旅行日程に組み入れていた。
翌日。ホテルを出て最寄りの駅へ向かった。そこからバスで15分、停留所から徒歩で5分の距離だった。町なかにある神社である。
家々の間に鳥居があった。狭い路地にまっすぐ参道が延びている。先に神社が構えていた。細い参道の両脇は赤い灯籠が規則正しく並んでいる。
人通りは少ない。混んできたら横幅からして道はいっぱいになるだろう。
私は深呼吸をしてから、参道へ足を踏み出した。
さて、この道では振り返ってはならない。尻ポケットの財布を抜き取られたり、女性が痴漢の被害に遭ったりしても『振り返ってはならない』というのはちとキビしいのではないかと思ってしまう。
水子供養をする神社だという。供養を求める水子が集まってくる。水子を持つ人が、知らず知らずに引き寄せられるそうな。
参道を歩いていると、脇の赤い灯籠の陰から水子たちが呼びかけてくる。
振り向けば、無数の水子たちが取り憑く。供養しなければ、自覚が無いまま水子たちを持ち帰る。
幸いにして、私自身には水子に関わる経験はない。供養せず、参拝だけで済ませるつもりだ。
しかし身に覚えがない水子たちに取り憑かれてはたまらんよなあ。この参拝、もしかしてリスクしかないのでは……。
――そんなことを考えながら参道を歩く。
首筋になにかが触れたような気がした。なんとも粘着力がある風だ。
今度は後ろのすぐ脇から呼びかけられた。
空耳はよくあることだ。特に私は空耳が多いので、無視して歩を進める。
轟音がした。
すぐ後ろだった。なにかが壊れたような音だ。
一瞬足を止めかけたが、顔をしかめつつ先へ歩いた。先に見える参拝客がこちらを気にする様子がなかったからだ。たぶん空耳だ。
首筋に汗が流れるのを感じつつ、そのまま私は参道を抜けた。
無事に参拝を終えた。
振り返ると、正面には歩いてきた参道がある。街なかなので左右に路地があるため、そちらから帰る方法もある。
しかし耳にした凄まじい音が気になる。本当に空耳だったのか。
私はしばし逡巡してから、元来た道へと歩き出した。リスクより好奇心を優先してしまうのは
ほどなく音が聞こえた場所まで来て、私は言葉を失った。
赤い灯籠が1本折れて倒れていたのである。私はカメラを取り出して、目の前に横たわる赤い灯籠の写真を撮った。
いつ折れたのだろう。さっきは気づかなかったぞ。そも、灯籠が折れて倒れていたのに気づかないなんてことがあるのか。
立ち竦んでいると、すぐ後ろから声を掛けられた。女性の声だ。
「あの、どうかしました?」
振り向こうとして、約束事を思い出した。
私は走った。急いで参道を抜けて、息を切らしながら振り返る。
「ああ、すみません、この道では振り返ってはいけないそうなので……」
参道には誰もいなかった。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。