「死亡予定入院」第1回・5日間で人間が半分になる話
文字数 1,671文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2回掲載します!(全7回)
第1回は「5日間で人間が半分になる話」。
痩せたいからって、良い子のみんなは真似しちゃダメだよ!
まえがき
私は生来これといった大きな病気は経験したことがない。大病自慢できる経験が一つもなかったのである。やれ、ありがたや。
できれば大きな病気なぞ関わりたくないものだが、なかなかそうもいかないようだ――。
第1回 5日間で人間が半分になる話
令和五年(2023年)4月21日金曜日。
小説現代とFM東京が組んだ今年の夏の企画『真夏の夜の怖い話 百物語』に取り組んだあと、ひと息ついてラーメンでも作ろうかと階下の台所へ降りた。
「卵が余ってるから食べて」
母に声をかけられて冷蔵庫を確かめると、なるほど個別に並んだ卵の他に、奥には未開封の十個入りパックが二つある。
仕方ない、卵を綴じてカレーラーメンにするか――。
スープにカレー粉を混ぜて、思い切って卵を3つ、溶き卵にして煮込んだ。
いつもと違って妙な味だなとは思ったが、空腹の胃袋に収まった。
食後のコーヒーを淹れて書斎に戻って数時間後、寒気が襲ってきた。あまりにも突然だったので驚いた。
歯の根が合わない。がちがちと音を鳴らしながら、まさかと思って台所へ向かい、卵の殻に付いていたはずの小さなシールをゴミ箱から探す。
目を疑う日付だった。なぜそんなものが冷蔵庫に残っているのか。いや、確かめなかった私が悪いのだが。
食中りである。
それからの5日間はまさに地獄だった。
4月26日水曜日。
ようやく少し元気になったので入浴した。
風呂を上がり、腰にタオルを巻いたまま階下の台所へ向かい、冷蔵庫を開けて中を覗き込んでいると、後ろから母の悲鳴が聞こえた。
「は、半分になってる!」
母の唇がわなないている。
「鏡を見てみなよ。身体が半分になってるから!」
半分とは大げさな、と苦笑いをしながら体重計に乗ってみる。
途端に笑いが消えた。
57キロ。5日前は64キロだった私の体重は、7キロ減っていた。
私の体躯に対する母のイメージは、7年前のデビュー時のものである。当時私の体重は94キロだったので、もっとも恰幅がよかった。母はそこを基点にしている。
私は別室へ行き、姿見代わりに使っている鏡台を開いた。
そこにはかつて一度も見たことがない自分の姿があった。
浮き上がった肋骨。骨にまとわりつく弛んだ皮。しわだらけの腕と脚。いずれの時代でも見たことがない我が身の痩躯。
軽いめまいを覚えつつ、私は台所へ戻った。
「なんでもいいから食べな。このままじゃ死んじゃうよ」
心配する母の声に導かれるように、夢中で冷蔵庫を漁る。奥に好物のもずくを見つけた。とりあえずは口に入りそうなので、開けてつるりと飲み込む。身体が食べ物を求めているらしく、抵抗もなく喉を滑り落ちて胃に入る。
妙な味がした。
改めてパックに記載されている賞味期限と消費期限を確かめる。
『2023.4.17』。9日前の日付だった。
もずくは既に腑に落ちている。どれだけ吐き出せるか分からないが吐き出すしかない。
「まだあるよ」
心配げな顔で3個パックの残りを差し出す母に、私は泣き出しそうな笑みを浮かべるしかなかった。
そのうち私は家族に殺されるかもしれない。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。