「リハビリ旅行にて」第4回・コインロッカー

文字数 2,396文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろしショートショート連載中!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!

第二弾の「リハビリ旅行にて」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)


今回は旅先のコインロッカーで起きた怪!

 第4回・コインロッカー


 旅行中、次の宿泊地へ向かう途中で、日本一の庭園があると知り、立ち寄ることにした。


 シャトルバスで現地へと向かう。最寄り駅からバスで10分以上かかるので、交通の便がいいとは言えない。だが「訪れる価値は高い」と評判はいい。それならば、と私も足を向けた次第である。


 当節は外国からの観光客が多くなった。特に日本文化を売り物にしている観光地では、耳に入るのは日本語より異国の言葉が多い。シャトルバスの車中でも、日本人は私1人だけだった。他はフランスからのツアー客らしき人たちで満席だった。聞こえてくるのはフランス語だ。


「日本の文化はオリジナリティーがある」

「物だけでなく、日本人の性格や意識も特筆すべきものが見受けられるね」

「同感だ」

「日本文化を楽しむなら写真や物だけでは駄目だ。現地を訪れないと。その場所でなければ感じ取れないものがあるからね」


 なかなかの通である。

 館内に入ると、入館受付の脇にコインロッカーがあった。後ろの列の奥に大型のロッカーを見つけたので、キャリーバッグを引いて奥へと向かう。


 奥の上下2列が大型ロッカーだった。4つとも空いている。

 しかし奥の隅が妙に薄暗い。なにか嫌な感じがしたので、私は奥から2番目の下段を利用することにした。実はそこにも不穏なものを感じたのだが奥ほどではなかったので、やむなしといった次第である。


 キャリーバッグの把手を畳んで、ロッカーを開ける。


 裸の小さな子どもが2人入っていた。


 背中を丸めていた2人は、一度顔を上げてこちらを見ると、踵を返して後ろへ消えていった。


 私は固まった。


 なぜこんなところに裸の子どもがいるのか。しかも奥へ行けるほどロッカーに奥行きはない。腰を屈めて奥を覗いても、なんの変哲もないステンレスの奥板があるだけだった。


 幻覚か。


 こんなときは悲鳴を上げて逃げ出すのがデフォルトなのだろうが、私は固まってしまう。そもそも騒いで怪異から逃避できるならとっくにやっている。大声で騒いでも『オオカミ中年』扱いされてしまうのがオチだ。大袈裟なリアクションは無駄に終わる。


 私は太い息を吐きつつ、キャリーバッグをロッカーに収めた。すると、バッグがするりと引かれていく。


 再び屈んで中を覗く。

 奥に、私のバッグを掴んで引き寄せている4つの小さな手が視えた。

 慌ててバッグを力任せに引きずり出した。べりっと音がして、バッグはロッカーから吐き出された。

 息を荒らげながら、三度ロッカーを覗く。しかし奥にはなにもない。小さな手など視えない。キャリーバッグを確かめたが、どこにも傷はない。


 さて、どうしたものか。キャリーバッグはかさばるのでできれば持ち歩きたくない。

 上段のロッカーからは不思議となにも感じないことに気づいた。下段や奥から漂う嫌な感じを受けないのだ。こっちは大丈夫だと、不思議な安心感がある。

 私は自分の感覚を信じることにした。


よっこらせ、とキャリーバッグを持ち上げて上のロッカーへ押し込む。コインを入れてキーを引き抜く。

私に霊感はない。空耳はよく体験するが、霊を『視た』ことは皆無に等しい――と思っている。

だが、いまのはなんだ。いましがた視た、血色のない子どもは幽霊ではなかったか。

霊感がない私にも視えるとは、なんと強い霊なのか。

私は背中に寒気を覚えつつ、館内へと向かった。

 館内を歩き出すと、すぐに怖気は消し飛んだ。


 眼前に広がる美麗な庭園に圧倒されたのである。青空と庭園の緑、白い砂利のコントラストが映える。背景には山と滝、手前に庭石。その配置による見事な構図に感嘆の息を漏らした。


 続く部屋には、壁一面に掲げられた、屏風ほどある日本画の列。ショーケースに展示された陶器類。日本文化の美を顕す品々が次々と私の感覚を刺激していく。


 出口を抜けたとき、私はしばし惚けていた。


 出来の良い映画を観たあとに覚えるような恍惚に浸る。時間にして小一時間だが、現実世界から離れて別の世界に入っていたような感覚だった。


 さて帰るか――。


 コインロッカーへ向かい、荷物を取りだそうと近づいた。

 再び不穏な感覚があった。

 コインロッカーが並ぶ先の空間が妙に暗い。どす黒い靄に包まれている。

 どうやら感覚が刺激されて研がれているようだ。びりびり来る。なにがあるのか、あったのか知らない が、とにかくこの場を離れたい。危うい場所だと本能が語りかけてくる。

 下手に騒いでも『危ないおじさん』扱いされるだけだ。


 荷物をロッカーから取り出して、私は足早に美術館をあとにした。


 シャトルバス乗り場へ歩きながら、私は掴んでいたキャリーバッグに違和感を覚えた。なにかついているようだ。

 確かめてみたら、キャリーバッグの下に小さな手がしがみついていた。


 咄嗟にキャリーバッグを放した。路面に倒れたキャリーバッグが、ころころとキャスターを空回りさせる。


 子どもの手は消えていた。

 小さな手形の汚れを残して。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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