「死亡予定入院」第4回・半身を動かせず布団の上でペンを走らせる仕事とは

文字数 1,651文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!

第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)

第4回は「半身を動かせず布団の上でペンを走らせる仕事とは」。

…それはもちろん──(以下略)。

第4回 半身を動かせず布団の上でペンを走らせる仕事とは


 時計は午後8時を回った。

 夜9時を過ぎた場合、よほど緊急でない限り施術は翌日に回される。こりゃ入院だなと覚悟しつつ、私はまどろんだ。


「これから施術します」


 ストレッチャーが動き出した。エレベーターで移動しながら施術についての説明を受ける。


「局部麻酔と半身麻酔のどちらにしますか。局部麻酔でしたら施術後に退院できますが、半身麻酔だと入院することになります」

「半身麻酔でお願いします」


 もう痛いのは嫌だ。局部麻酔だと、麻酔が切れたあとで七転八倒の苦しみが待っているような気がする。


「できれば個室で」

「すみません、今夜は個室が空いていません。大部屋になります。ご希望でしたら、さらに入院が必要な場合は個室にできます」

「では、それでお願いします」


 ホテルみたいなサービスだ。


 促されて手術台の上にうつ伏せになる。

 時計の針は9時を指している。こんな時間から施術をするなんて聞いたこともない。

 麻酔が効いて下半身の感覚がなくなる。意識ははっきりしているので、執刀医3人の声が耳に入る。


「ずいぶん開きましたね」

「うわあ」

「ずいぶん奥まで行ってるな。膜まで作ってるぞ」


 穏やかでない言葉が続く。


「大きな穴になっちゃいましたね」

「血止めを詰めておくか」


 実際には30分とかからなかったように思う。大量の膿が掻き出され、摘出された二つの肉腫は赤みがついた白い豆のようなものだった。


 術後は大部屋へと移された。身体中に電極やら点滴の針やら管やら装着されて動けなくなった。


 あとで聞いた話では、やはり緊急手術だったらしい。施術が遅れたのは、内科医師との会議に時間がかかったためだとか。


『この患者の身体は施術に耐えられるか』


極めて難しい状況だった。しかしそれでも深夜の施術に踏み切ったのは明快な理由がある。


『施術を明日へ延期すれば手遅れになる』


どうやら私の命日は、5月3日の予定だったようだ。


5月3日水曜日。


 午前零時。術後の様子見で看護師が来る。

 入院服だったが、発汗がひどく塗れ雑巾みたいになっている。


「ベッドもだ。ベッドごと取り替えるぞ」


 すさまじい汗の量だった。身体が出した緊急警報である。まるで死んだあとに身体が吐き出す水分と脂だ。施術とはいえ、身体の一部が切られて摘出されたことに対して反応したらしい。いやはや人間の身体はよく出来ている。


 点滴をつけたまま服を脱ぎ、看護師の補助で横付けされたベッドへ転がって移動する。新たな服を着せられたあと、麻酔が効いているうちに排尿のための管が陰茎に突っ込まれる。


 もう動けなくなった。


 午前6時。

「ああ、血が止まっているね」


 医師が来て、患部に詰めてあった血止めを抜いた。


「自然治癒で、どのくらいで穴が塞がりますか」

「この穴は塞がりませんよ。若い回復力でも、3、40年はかかるでしょうね」


 退院しても座れないかもしれない。最悪の場合、下半身を動かせずに布団の上でノートにペンを走らせるだけの仕事なんて――。


 ……そんな仕事に心当たりがある。


嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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