「リハビリ旅行にて」第7回・「シャッフル」

文字数 2,007文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろしショートショート連載中!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!

第二弾の「リハビリ旅行にて」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)


旅の終わりに見た夢は…なんとも不思議、なんとも怖い!

第7回・シャッフル


 出オチになってしまうが、旅行の最終日にみた夢の話である。


 土産物を扱う店内で、私は小物を選んでいた。

 さほど大きな店ではない。客も私1人だけだった。

 母は耳掻きなどの小物を集めているので、土産として団子や餅だけでなく小物が喜ばれる。残るし、安上がりでいいと思えるが、数が多くなるとそれなりに金銭的な負担になる。


 存外種類がある。キーホルダーや絵はがきだけでなく、アイデア商品ではないのかと感心するものもある。孫の手ならぬ河童の手、天狗の一本足下駄。特産物のカニの手のギミックがついたボールペン。当世では、ご当地のお守りも巾着袋ではなくカードになっている。願掛けとして財布に『家内安全』『恋愛成就』『商売繁盛』と印字されたカードを忍ばせるとは時代も変わったものだと思ってしまう。


 土産の候補になる品を前にして、予算を考慮しつつ悩んでいると店主らしき男に声をかけられた。


「悩んでるなら、もし少し待ってみるのも手だよ」


 頭に白髪が目立つ。口調が妙に馴れ馴れしい。フレンドリーと言えば聞こえはいいが、店主と客の会話としては珍しい。


「もうすぐ夕方の6時になる。値段が変わるぞ」

「安くなるんですか」


 生鮮食品ではあるまいし、キーホルダーやアクリルスタンドの価格が時間により変わるなんて聞いたことがない。まるでスーパーの総菜ではないか。流行り物だって数日はかかる。


「安くなるかどうかは分からんよ。『時価』ってやつだな。そこは賭けだ。しかし極端に変わるなん珍しいけどな」

「おいくらになるんですか」

「儂にも分からん。値札が勝手に書き換わるんだ」

「勝手に……」


 私は眉根を寄せた。そんな話は聞いたことがない。


「なんなら待ってみるか。あと5分くらいだ」

「面白そうだ。待ちましょう」


 私は店内をぶらつきつつ、品を眺めながら候補にしている品の値段を確かめた。すべて買うと2000円ほどだが、これがいくらに変わるのか。いや、それより値札が変わるという瞬間を見てみたい。


「そろそろ時間だ」


 彼は店内の掛け時計を見遣りながら呟いた。

 私はスタンドに掛かっているアクリルキーホルダーを注視した。

キーチェーンについている値札の数字が揺らぎ、『480』の数字が『540』に変わった。慌てて隣の棚に並んでいる文具類の値札に目を凝らすと、揺れた数字が『350』に整いつつある。つい先ほどまで『380』だったと記憶している。


「なんの手品ですか」

「ウチの店ではいつものことだ。一定の時間が経過すると値段が変わるんだよ。さて、迷っていた品の値段はどうなったかな。もう明日まで値は変わらないから、じっくり選ぶことだ」


彼はレジ後ろの椅子に腰を下ろした。


「こんなことって……」


二の句が継げない私に、彼は口角を上げた。


「個々の価値が変わるだけだよ。よくある話だ。市場全体の価値はそうそう変動しない。世の中とはそういうもんだ。人間だってそうだろ」

 嫌な話だ。


「価値が変わるのは物だけじゃない。あんただってそうだ。気づいてないだろうが、彼誰時――朝には、人もシャッフルされるんだ」


 両手を交差させながら、彼は言った。


「人としての価値が変わるとでも」


 そんなことは物書きとして慣れっこだ。なにしろデビュー数年の身では、1作の売れ行きごとに物書きの評価がころころ変わる。


 いや、待てよと思う。これだけで1編書けそうな世界観だ。

 個人価値が表記され、定期的に書き換わる。マイナンバーに個人価格が付与されていて、第三者が閲覧できる。事故などの死亡時には賠償価格として参考となる。出会い系サイトには個人価格が名前の横に掲載される――。


 頭が創作モードに入りかけた私に対して、彼はかぶりを振った。


「いや、そうじゃない」


薄ら笑いを浮かべている。


「生者と亡者が入れ替わるんだ」


ここで目が覚めた。

寝汗がひどい。寝ぼけ眼でふらつきながら洗面所へ向かいつつ、私は考えた。

いまの私は生きているのか。それともすでに死んでいるのかと。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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