「死亡予定入院」第6回・別の生きものになりました

文字数 1,929文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!

第一弾の「死亡予定入院」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)

第6回は「別の生き物になりました」。

て、そもそも何の生き物だったの?

第6回 別の生きものになりました


5月4日、木曜日。


 9時過ぎに主治医が現れた。

 ここぞとばかりに私は窮状を説明したが、主治医は難色を示した。職務として当然なのだが、私としてもここは引くことができない。

 検査された数値は、驚異的な回復を示していた。

 結局、処方した薬の服用と、ゴールデンウィーク明けの5月8日に来院して検査を受けることを条件に、退院を認められた。


 私の退院を迎えるために家族が着替えを持って訪れたのは昼過ぎだった。いや、シャツとズボンさえあれば10時には手荷物を持ってタクシーで自宅へ向かうことができたのだが、先の差し入れに下着以外の衣服はなかった。


 緊急手術から隔離病棟へ入院した患者で、わずか2日で退院した事例は珍しいかもしれない。

 同じく、わずか2日の間で私の隣や向かいに並ぶ部屋に入っていた患者が次々と他界した。


「まるで他の患者さんの命を吸い取ったみたい」


 看護師の囁き声を耳にしたが、私は別の思いが頭に過った。

 これは天啓だ。


「いまは死ぬときではない」


 誰かの声が頭に響いた気がした。



 退院した私を見て家族は目を丸くした。


「普通の人間に戻ってる……」弟は呟いた。


 体重を測ったら62キロ。入院前は57キロだったので5キロ増えている。院内の食事の他に接種したのは水のペットボトルが2本と点滴だけ。それをすべて体内に取り込んだらしい。


 こうして午後3時には無事自宅の書斎に戻ることができた。


 翌日、私は両親の助けを借りて、自宅で患部の写真を撮ることにした。これも資料である。

 患部は穴になっている。医師に訊いたところでは、自然治癒で塞がることはない大きな穴だ。死ぬまでつきあわねばならない。おかげて真っすぐ座ることができず、身体を斜めにせざるをえない。行儀が悪すぎて、人前ではみっともない姿勢になってしまう。

 陽当たりがよい部屋で、カメラを構える父に対して私は尻を向けた。


「うわあ……」


 患部を目の当たりにして、父は二の句を継げなかった。

 母は声を失った。撮影された画像を確認した私も、思わず眉根を寄せたほどだ。ホラー画像を見慣れている私ですらキツイ。

 臀部の横に穴が空いていて、肉色の内部が覗いている。死ぬまで閉じることがないという穴だ。膿が止まらない状態なので毒々しい。

 本編の終わりに患部の画像を掲載してやろうかとも思ったが、これは無理だ。なにより私自身が顔をしかめるほどのグロ画像だ。


 多少動けるようになったので、世話になった人たちに挨拶して回った。

 そのとき聞かされたのだが、今回の入院騒ぎで私の姿を見た人たちは同じ思いをしたらしい。


 曰く「この人は明日には死んでいる」。


 町医者「診察室に入ってきたときの指の動きがおかしかった。まるでイソギンチャクが触手を波間に揺らしているような、ありえない動きをしていた」

 母「身体が半分になっていた」

 弟「顔の表情というか、動きが人間ではなく宇宙人のような異質の生き物だった」「糸で操られている大きな人形みたいだった」「体重は、ぜったい50キロなかった。ストレッチャーを使うより、抱えて運んだ方が早いと思った」

 近所の病院の看護師「採血した分析データが、生きている人の数値ではなかった」「5月3日から、長くとも5日までもたないと思った」

「人混みの中に、奇妙な生きものが1匹混じっている」


 そんな姿なら、他ならぬ自分で見てみたいではないか。なんとしてもカメラで記録しておくべきだったと悔やんでしまう。


 そして5月8日の検査でM病院を訪れたときに私の姿を見た医師や看護師は言った。


「別人かと思いました。普通の人に見える」


 誰も彼も、以前とは別人の姿だという。どうやら私は別の生きものになったらしい。


 ならば、いま生きている私はなんなのだ。


嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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