ガムシャラに売りたい思いがアートになる瞬間

文字数 3,590文字

みなさんは書店に行った時、まず何を目にするだろうか。雑誌の表紙、新刊の平台、既刊の棚……まず視線を向けるのは「商品」だと思う。それらはジャンルの書かれた案内パネルや、作家名の表示された仕切り板が自然に導いてくれる。「ここ」に何があるのか、を教えてくれるもの。どこの店にだって当然ある。

次に売場の装飾の役目を負うのが「販促POP」だ。この本がどんなものであるのか、解説やアピールを担う「物言わぬ接客」。これらは出版社から送られてくるものが大多数だが、書店によってはその店のスタッフが自ら作成したものも少なくない。


「本が売れない」という時代に片足をつっこんだ8年前、わたしは大阪府高槻市の小さな本屋にいた。そこは大阪有数の大型書店がひしめく土地であり、普通に売ってもその物量や品揃えには敵わない。ここになければよそに行こう、と選択ができるのだ。どうしたら自店で求めてもらえるのか、下がってゆく売上を睨みながら、頭を悩ませた日々だった。

どうすれば「わざわざ行きたい本屋」になれるのか。わたしならどんな本屋に行きたいか。悶々と考えた結果が「POP」だった。売っている人の顔が見える、例えばそれは農産物もそうだけれど、販売している人の向こう側が見えたなら、愛着を持ってもらえるのではないかと、他にない売り場を模索していった。

限界はすぐに来た。そもそも、考えられるPOPなんかは出版社が用意しているのだ。日々の通常業務を圧してまで、手書きや手作りに拘る必要はあるのだろうか。それがいくらの数字になるかも分からない。やらないよりやったほうがいい、ただそれだけの気持ちで突き進んできたけれど、わたしは自信がなくなっていた。

ネタにもアイデアにも行き詰まったころ、SNSに救いを求めた。同じ書店員達はどうしているのだろう。ちょっとした好奇心からであったが、これが結果的にその後のわたしの「POP」への欲求をさらに高めるものになった。

わたしに影響を与えた何人かの才能溢れるPOP職人達を、この場で紹介したいと思う。 

01 倉本かおりさん(福島県) ブックエース上荒川店
福島県の書店員、倉本さんの作る売場は、出版社が作成したPOPを最大活用してお客様にどれほどインパクトを与えられるか、を工夫されていた。「あるものを最大限に使う」、たったそれだけの事ができていなかった事を反省した。また、LEDテープライトを使った前代未聞の光る立体POPを作っていたのもこの人だった。
02 奥田真弓さん(京都府) 平和書店TSUTAYAアル・プラザ城陽店 
実に繊細なPOPを書く一方で、大きな空間をド派手に装飾する奥田さん。POPだけでなく、花や小物、提灯まで全て手作り。「本の邪魔になるのなら、それは無駄な装飾」と、お客様視点での冷静さも併せ持つ。苦労して作ったPOPなら、その分、執着が生まれる。彼女のドライさは尊敬に値した。
03 菅原ひろみさん(岩手県)
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていたのが『呪術廻戦』。その時に目に飛び込んできたのがこの売り場だった。装飾品の手作りはもちろん、よくあるコミック「全巻セット」のお持ち帰り用紙袋にもイラストと文字を添え、「今ここでしか買えない」演出をしていた。
04 小豆さん(栃木県) うさぎや宇都宮駅東口店
メイキングを見なければどうやって作られたのか分からないほど、精巧に作られたロボット。これは全て段ボールでできている。彼女にかかれば、普段ゴミとして廃棄される段ボール紙は全て素材となる。作り方を見たとして、ここまで完璧にできるものか、とため息がこぼれる作品ばかりだ。
05 桝田愛さん(大阪府) 水嶋書房くずは駅店
作家愛をここぞとばかり詰め込んだ売場作りからは、情熱しか感じない。私の勤めていた書店と同じくらい狭い売り場なのに、愛さんの作る平台は縦にボリュームがある。足を踏み入れれば視界を埋め尽くす、商品を売り込む圧力。こんなに作品・作家への愛が溢れた売場は、他にない。
06 ぽんきちさん(広島県)
書店員の中には、べらぼうに絵がうまい人だってざらにいる。そんな中でも、ぽんきちさんは別格の画力を持っていた。描いている工程を見ていなければ公式だと見まがうほどの作品の数々。タイトル文字のレタリングも、全て手書きだっていうのだから、正直意味がわからない。
07 amiさん(神奈川)

POPというものは、作品への愛が深ければ深いほど、自己主張が激しくなってしまう。主役はあくまで本であり、それをそっと引き立てるものがPOPであって、わたしは時々それを忘れてしまう。そんな中、amiさんの作品は実に「本を引き立てる」POPのお手本であった。

08 こな・つむりさん (岐阜県)
粘土もレジンもクラフトも自在に操り、彼女に作れないものはないのかと思ってしまうほど圧倒的「モノづくり」の才を持つ元・書店員。ハンドメイド作家の才能を存分に活かし、POPの概念を覆す数々の作品を作って、売り場を装飾していた。
09 山中由貴さん(高知県) TSUTAYA中万々店
山中さんの作るPOPはそれだけでも素晴らしいのだけど、月イチで発行する「なかましんぶん」を手掛け、おすすめの本を定期的に紹介する事により、お客様から絶大なる信頼を得ているように感じる。お客様と共に本を楽しむ、こんな事ができるんだ、と感嘆した書店員である。
10 岡本歩(大阪府) ダイハン書房高槻店※23年7月をもって閉店

そんな書店員達の作品を見て、学びながら、最終的に作ったPOPはこれだった。段ボールはもはや廃材ではなかったし、作品のよさを伝えるためのペーパーに時間をかける事だっていとわない。打てば必ず響いてくれる、と、わたしは書店員達から学んだ。

作家さん達が書いた作品を、読者に届ける。たったそれだけの事。それだけのために、やらなくても良い努力をする。大きなものを作るのはほとんどが時間外労働だったし、ここまでしなくても、と何度も思った。そのたびに、この本を届けるために努力した作家さんや版元さんの顔がちらついた。完成した売場からお客様が本を手にしてくれた時、冷静を装ってたって、心の中ではきししとほくそ笑む。そうして届いた時がいちばんの喜びなのだと、書店員をしていて何度も感じた。


だが結論として、わたしの勤めていた書店は閉店した。わたしの努力程度では、売上の落ち込みは食い止められなかった。けれど、どうせ駄目ならやらなきゃよかったなんて事は微塵も思わない。それは手に取ってくれたお客様方のおかげだ。

これを読んでくださった皆様へ。書店員が何を思って本を並べ、POPを書いているのかを少しでも感じてくれたのなら、明日から足を運ぶ書店の景色がちょっと変わっているかもしれないし、そうであってほしいと、願う。


岡本 歩さん(おかもと・あゆみ)

岡山県出身。代々木アニメーション学院卒。学生時代にCDショップでアルバイトをし、売り場作りの楽しさを知る。書店員歴は約17年。近年は、ダイハン書房高槻店店長を務めていたが、23年7月31日をもって惜しまれつつも閉店した。

(2023年11月号「小説現代」掲載)

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