『荒木比奈を見つけた日、神の目がとろけた』斜線堂有紀

文字数 8,353文字

相沢沙呼『小説の神様』の世界を舞台に、8人の人気作家が書き下ろし短編を描いた注目企画『小説の神様アンソロジー「わたしたちの物語」』が4月22日(水)に発売!


それを記念し、「わたしたちの物語」にも寄稿されている今もっともパワフルな若手小説家・斜線堂有紀先生に、アイドルについてのエッセイを描いていただきました。


アウトプットされた熱暴走しっぱなしな(怪文書に足を踏み込みかけているのではないかと疑ってしまうような)愛溢るるエッセイをご覧ください!


この世界では、必ずしも良い小説が売れるわけではなく、実力のあるアイドルが華々しいステージに立てるわけではない。残酷だが納得のいかない事実だ。



それは、私達ファンに力が無いからだろうか。私達が一大ムーブメントを起こすインフルエンサーではないからだろうか。あるいは、彼らに悉く運が無いからだろうか?

 

私は神様の視力を疑ったことがある。そのセンスに疑問を覚えたことがある。素晴らしいものは無条件に見つけてもらえるのだという無邪気な期待を裏切られたこともある。あなたにもきっと、覚えがあるはずだ。


私が神の審美眼に疑問を覚えたのは、高校生に上がり、荒木比奈という運命の推しに出会った時だった。荒木比奈と歩んだ日々は、私にとって初めての『推し』のいる生活であり、それに伴う怒りと絶望の日々であった。


これを読んでいるあなたは荒木比奈をご存じだろうか? アイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツに出てくるアイドルである。彼女はボサボサの髪の毛に清々しいまでのジト目を携え、丸眼鏡を掛けて緑ジャージを着た同人活動に精を出す二十歳のオタクだ。「~っス」という狙いすましたような後輩口調。この要素を最大限に生かし、奇跡的なキュートさで纏め上げた存在。それが荒木比奈だ。

 (編集部注:アイドルマスターシンデレラガールズは、アイドルが書かれたカードを集めて育成・プロデュースするソーシャルゲームである)


彼女はジャージ姿のまま大都会をうろついているところをプロデューサーに見いだされ、スカウトされてアイドルになる。最初は自分に自信がなかったが、ブルーナポレオンの衣装を着てアイドルとしてステージに立てば華やかな美女に変身。そのアイドル姿をして「私って結構可愛かったんだ……」と言う、まさにシンデレラなアイドルなのだ。いや、冷静に見てみたら鏡で自分の顔とスタイルを見た時にその絶世の可愛さに気づくだろ! と思うのだが……(現に、彼女はなつやすみアイプロにて、友人にそのスタイルの良さを指摘され「裏切り者」と呼ばれた過去がある。これで自分が美少女であることに気づかないのか? 本当に?

(編集部注:存在する人のように書かれているが、これは荒木比奈のストーリー上の設定である)



765プロの秋月律子目当てで始めた私は、荒木比奈のビジュアルとキャラクターを目の当たりにした瞬間、一瞬で恋に落ちた。いや、自分の立場はプロデューサーなのでアイドルに恋をするのはどうなんだ、という話ではあるが、大都会でゆらゆら揺れる緑ジャージを見て今までの推しへの熱とは比にならないくらい燃え上がった。比奈だけに!(これは荒木比奈もよく掛ける言葉なのでダジャレではない)

(編集部注:765プロとは、ゲームに登場するアイドルたちが所属するプロダクションのひとつ。765はゲーム開発会社であるナムコのもじりとされる)



それからの日々は楽しかった。モバゲーを開けばいつでも荒木比奈がおり、アイドルとしてキラキラに輝いている。私は「推しが頑張っているなら自分だって頑張れる」という妙な感情移入をするタイプの人間なので、荒木比奈がレッスンを受けているところを想像して毎日を頑張っていた。荒木比奈はアイドルになっても漫画を描くことをやめなかった。インドア派の比奈がアイドルとして趣味も仕事も頑張っているのだ。私が比奈より頑張らなくてどうするのだ。

(斜線堂注:初期の荒木比奈は脱オタしたという旨の発言をしているが、後の展開で彼女は自分の趣味と多忙なアイドル活動を両立する覚悟を決めている)

 


しかし、荒木比奈を純粋に応援出来ていたのは、ハマりたてのこの時期だけだったのではないかと思う。

 ここからは本当に悲しい話をする。もしかすると、アイドル系ソーシャルゲームに嵌った人間は同じ傷を抱えているかもしれない。これは神の審美眼を疑った人間の話だ。覚えがあるだろう。そういう話をする。

 一言で言ってしまえば、荒木比奈は不遇なアイドルだった。



勿論、荒木比奈という存在がデレマスというコンテンツの中で丁寧に育まれていったことや、彼女の初期Rを否定する気はない。しかし、荒木比奈は初期メンバーの中で明らかに展開が少なかった。荒木比奈のカードは最初の一枚だけで、SR昇格はおろか再登場まで長い時間がかかった。私は焦った。他のアイドルたちはどんどん新しい物語が紡がれているのに、荒木比奈は再登場しない。荒木比奈は今日もレッスンに励んでいるはずである。彼女の活躍はどうなったのだ? それでも、他の子より大分遅れて荒木比奈はサイバーグラスというユニットの一人、R枠として登場した。その時は本当に安心した。

(編集部注:人気のあるキャラクターはR(レア)カードからSR(Sレア)カードへと、希少度が高く演出の綺麗なカードで登場するようになる)


 

しかし、その実SRが羨ましくてたまらなかった。SRになれば荒木比奈の一枚絵が背景込みで見られる。

(編集部注:Rカードは背景がない立ち絵だが、SRカードは背景も特別衣装もついたスペシャルイラストになる。そのため、その背景や衣装から読み取れる設定が、そのアイドルの公式設定として認知されることになる。また、往々にして情報量の多さはアイドルとしての深みに繋がり、さらなる人気を呼ぶことも多い)

(斜線堂注:それ~~~~~~~~~~~だから更に人気格差が生まれてしまう 資本主義か~~~~~?)

 


荒木比奈には実力があるはずなのだ。みんなのように早くSRにしてほしい。もしSRになれば、みんなが荒木比奈のことを見つけてくれて、彼女は人気アイドルになれるはずなのだ。だが、彼女の初SRはサービス開始から1年と8ヶ月後に実装された。私は高3になろうとしていた。気づけば荒木比奈と共に歩んできた高校生活が終わりかけていた。



今冷静になって振り返ってみると、ローテ的にそこまで……いや、大分不遇……運が悪かったんだな、という気もするのだが、高校生の1年8カ月は長い。この間に他のアイドルはどんどん背景がついている。高校生の私には周りの景色が見えてないのだろうか。

(編集部注:ローテとは、ゲーム内のイベントごとで公開される新カードにどのアイドルに割り当てられるかには一定のルールのこと。そのため、イベントが近づくとファンは「そろそろあの子に新カードが来るかも」と胸を踊らせることになる)

 


 おかしいな、と思った。荒木比奈は可愛い。本当ならもっとガチャのメインになったり、他の子とバンバン人気ユニットになったり、そういうことがあるはずなのだ。アイドルの神様、同じくモバマスをプレイしているプロデューサーのみんな、荒木比奈は可愛いだろう。みんなが彼女を推しアイドル設定していてもおかしくないのに。

(編集部注:ガチャのメインとは、期間限定のカード排出ガチャにおける目玉になること。メインになったりアイドル同士のユニットに抜擢されるということは、人気があり露出が増えることを意味する)

 


しかし、その後も荒木比奈の展開はささやかなものであり続けた。当時の主観ではある。ただ、私の期待するほどの活躍ではなかった。


例をあげよう。この辺りは本当に当時のゲームをプレイしていなければ分からない話が続くのだが、荒木比奈は強SR、所謂一線で使えるカードが一枚も無かった。初期からのメンバーであるのに、荒木比奈はフロントメンバーで使えるカードが無いのである。

(編集部注:アイドルマスターシンデレラガールズは、アイドルカードを組み合わせてそのパワーで戦うゲームだ。一番強いアイドルカード編成に入るメンバーのことをフロントメンバーと呼ぶ)

 


このことから荒木比奈のカードを使う時は主に守備フロント……推しアイドルを並べて披露する場所に配置するしかなかった。(余談だが、荒木比奈の初SRであるブルーフロートパーティーは守備ステについては上々であり、コス比も最強だったので守備フロントでは一線級で、プロデューサーの衣装を守り、デバフ艦隊が組めるまでのフェスの守備を担っていた。が、これ当時のデレをやってない人に絶対通じませんね。ググってください)

(編集部注:呪文です。そういうものだと思ってください)

 


そもそも、荒木比奈はSR自体が少なかった。アイドルロワイヤルで荒木比奈のSR艦隊を組んであげられない悔しさ。荒木比奈の出番を増やすには荒木比奈を地道に推し続けるしかない。しかし、一高校生がどれだけ布教したところで荒木比奈の待遇が良くなるわけでもなく、そもそも運営さんが荒木比奈の展開をどうするのかも全く分からなかった。


そうこうしている内に、私は大学生になり、新たな地獄が始まった。346プロのアイドルたちにボイスがつき始めたのだ。

(編集部注:アニメにて公式明示されたプロダクション名称。余談だがアニメのメインに抜擢されたアイドル達をシンデレラプロジェクトのメンバーと呼ぶこともある。)

 


声がついていくアイドルを見て、私は素直に嬉しかった。島村卯月のアイドル然とした声を、十時愛梨のとときんでしかありえない声を聞いて泣いた。しかし、それは私にとって地獄の始まりだった。彼女達はこんな声をしていたのか。荒木比奈はどんな声をしているのだろう?

(編集部注:声がつく、とはアイドルに声優が割り当てられること。逆にいえば、初期状態では声が割り当てられていないアイドルも多い)

 


分かっている。これはただの嫉妬だ。声のついたアイドルは華やかに喋り、歌う。このアイドルはこんな歌を歌うのだな、とCDを買いそろえながら思った。どれも良い曲だった。「S(mile)ING!」を聴いてあまりの美しさに泣いた。それでも、沢山並んだCDの中に荒木比奈の曲はない。


この頃になると、純粋に応援をしたい気持ちと共に、推しの不遇で心が締め付けられることが増えてきた。荒木比奈より総選挙の順位が低いはずのアイドルに声がつき、ソロCDまで出る世界が赦せなかった。順位なんて本当は関係無くて、アイドルは各々輝いているというのに。


後から追加された新アイドルは瞬く間にイベントの主役を張り、ファンを増やしていく。荒木比奈は一度だって上位がきたことがなかったのに。他のアイドルに大分遅れながらも荒木比奈が初めてガチャの目玉になった時、私は殆ど無心で回した。何故なら、この回転数(課金額)が多く、荒木比奈が稼げるアイドルだということになれば、更に彼女の活躍が見られるかもしれないからだ。



しかし、一個人が出来る課金には限界がある。そんなものでは世界が変わらない。一体人気のアイドル達は何人のプロデューサーが回しているのだろう。勿論、荒木比奈のカードのクオリティは高く、荒木比奈Pは無心で回したはずなのだが、それでも多分違いというものはある。


とにかく荒木比奈のファンが増えてほしかった。ファンは人数ではないと分かっているはずなのに、沢山のファンが比奈を推せばもっと比奈は輝ける。私は布教をした。比奈Pだけが所属するプロダクションやツイッターコミュニティーで彼女の宣伝をした。効果が無かったとは言わないし、あの日々は楽しかった。けれど、ただのファンが一人で推しても、爆発的なムーブメントは起こらない。


荒木比奈が報われない世界が悔しかった。荒木比奈は私のマイページで今日もレッスンを重ねているのに、荒木比奈をシンデレラにしてあげられない。



デレマスというコンテンツを推すのに疲れてきた。何しろ、私の愛には力がない。総選挙中はありったけの課金で荒木比奈に票を投じたけれど、彼女は上位に食い込まない。


私に権力さえあれば、と何度思ったか分からない。悪いのは荒木比奈ではなく、力の無い私の方なのだ。私がジャスティン・ビーバーなら、荒木比奈のことだけを呟き続けるのに。流石にジャスティン・ビーバーが荒木比奈を推し続けたら運営も声つけるだろ。ビーバーとのコラボCDも出すだろ。そんな気持ちだった。


そうして私は神の目に見切りをつけた。荒木比奈が売れない世界なんて間違っている。私はその頃にはもう既に小説家を目指していたのだが「荒木比奈が認められない世界で、いい小説が本当に評価されるのかよ」と極端すぎる思考に陥っていた。だってそうじゃないか。荒木比奈はゴッホであった。あるいは、まだ見つけられていないスティーブン・キングだった。この世界には見る目がない。



その後の顛末については簡単に書く。


長い時間を掛けて徐々に増えていった比奈Pは同じやるせなさを感じていたのか、その後の選挙にて荒木比奈は見事全体四位に入り、2017年にようやくボイスを獲得した。

(編集部注:選挙とは、運営が主催する人気投票のようなもの。上位にはボイス実装などの特典があった)


 

本当に長かった。長すぎて「こんなに人気があるのに、今までボイスが後回しにされていたのか……?」と若干の怒りを覚えてしまったが、何より嬉しかった。荒木比奈Pはここで初めて鼓膜を獲得したのだ。



私達は長い苦しみを乗り越え、荒木比奈の声を聞いた。



しかし、推しが推しである限り、この喜びと絶望の螺旋は終わらない。推しが報われる、推しが報われない。その二極でファンはぐるぐると踊っている。たとえば2020年現在も荒木比奈のソロ曲が無い。これは苦しい。分かっている。運営さんには運営さんの事情がある。あるいは、荒木比奈の曲は詰めるべき要素が多すぎて交響曲のようになっているのかもしれない。

(編集部注:ソロ曲は、グループではなくそのアイドル一人で歌う曲のこと。ソロ曲が与えられるのは疑いない人気の証だが、一人でいくつもソロ曲をもっているアイドルもいる)

 


荒木比奈のソロ曲はどんなものだろう。私は度々想像する。多分、曲調はアニメソングっぽいポップなものであり、かつテクノ調の曲だと思う。荒木比奈はコールアンドレスポンスを大事にするアイドルなので、恐らくはサビはコールありきのものになると思う。そして、青。ブルーフロートパーティーからブルーナポレオンに至るまで、彼女のアイドル人生には青が寄り添っている。ヒナ船長のネタを拾って、海を意識した歌になるかもしれない。歌う前には「本気の比奈を見せてやるっス!」というお決まりのフレーズが入る。




そう、君の本気は世界を変える。私は君が初めて自分の輝きを知った時から、君の美しさを知っていた。


荒木比奈のことを見ると今でも勇気が湧いてくる。荒木比奈がいなければ超えられない夜があった。荒木比奈がアイドル活動と同じくらい自分の創作を愛している姿は、締め切り前の私を奮い立たせてくれる。疲れが何だ。荒木比奈だってライブとコミケを両立している壁サーの花なんだ。私が頑張らなくてどうする。そう思うと、辛い時でも小説が書ける。



ただ、この愛はあまりに重すぎて、荒木比奈の雛のように可愛い声を聴く度に、心の柔らかいところが締め付けられる。君は幸せにアイドルをやれているだろうか。ソロ曲がない自分に引け目を覚えていないだろうか。ご注文はヒナですか? と笑いながら、今日もレッスンに励んでいるのか。荒木比奈はファンの力の無さを恨むようなアイドルじゃない。だから、そこは心配していない。けれど、彼女は「荒木比奈が報われてほしい」と嘆いている私のようなファンを知れば心を痛めるかもしれない。そう思うと悲しかった。それでは私は荒木比奈の負担になるばかりじゃないか。だとしたら、ファンって何なんだろう……。


 

私は、荒木比奈のことをシンデレラガールに相応しいアイドルだと思っている。そんな彼女の不遇を感じる度に、私は神の目すら疑った。荒木比奈なら運だって味方して輝かなければいけないはずじゃないのか。

 


あれから九年、大人になった私は小説家として生きている。私が小説家となったのは2017年、奇しくも荒木比奈に声がついた年であった。なのにソロCDが出ていない!? 嘘だろ!?


 

そして、ここからが本題だ。


アイドルも小説家にはいくつも共通点がある。


アイドルも小説家も、たった一人のファンの心を揺るがすだけではビジネスが成り立たない。どんな努力を重ねればいいかが定まっておらず、その努力すら適切に報われるかは分からない。人気を得るには運だって必要だ。見る目の溶けてる神様の加護が。



 つまり、小説家というのはアイドルである。


 

勿論、両者ともに実力は必要だ。けれど、市場に出ている小説を手に取ってもらえば分かるように、この世にある大半の小説はキラキラに輝いている。その中で見つけてもらえるかどうか、なのだ。荒木比奈は可愛く、抜群の個性と魅力を持っていた。そんな彼女ですら長い間燻っていた。実力では駄目なのだ。神の両目は地べたで溶けている。荒木比奈という輝きですら、アイドルの神に微笑まれていない時期があった。


幸いにも私は読者の方に恵まれ、今日も小説家として活動している。生き残るのが厳しい業界だというのに、私の小説を見つけてくれた人のお陰で小説が書けている。まだまだ知名度が低い作家だというのにありがたい話だ。作家として活動を始めてから今まで、口に出せないくらい悲しいことも沢山あって、何度辞めてしまおうかと思ったか分からない。それでも踏み留まれたのは読者の方がいたからである。私の小説を待っていてくれる人が一人でもいるなら、まだ立っていようと虚勢を張れた。



その喜びを噛み締めている時に、ふと思った。


これはあの時の構図ではないのか、と。私は荒木比奈で、読者の方はあの頃の私だ。


私は私の応援に何の価値もないと思っていた。私は有名人でもなく権力者でもない。私の布教はささやかなもので、荒木比奈のSRは来ない。


私はまだ駆け出しの小説家で、いつまで小説が書けるのかもよく分からない。もし私が筆を折る時、今まで推してくれていた読者の方は私と同じ無力感を味わうのではないか。そう想像すると恐ろしかった。失望される恐怖とは別の、期待に応えられない恐怖だ。


けれど、自分のことを振り返った時に、思った。


自分の小説がたとえ沢山の人に届かなくても、見つけてくれたたった一人の存在だけで救われた。私は、デビューした日から今まで、そして未来も、読者のあなたに救われている。


それなら、私が荒木比奈の夜を救っていた時があったのではないか。荒木比奈の努力を報いてあげられた瞬間があったのではないか。そう信じてもいいんじゃないかと、自惚れた。


君は自信が無いところを見つけられてアイドルになった。ステージで眼鏡を掛けるかどうかで悩んでいた君のことを思い出す。荒木比奈は輝いていたが、その裏で苦しんだ日だってあったはずだ。「自分はここにいていいのか」を迷い悩んだ夜に、私のようなファンの言葉は少しでも慰めになったんじゃないか。そう思った。



何故なら、私がそうだからだ。

 


アイドルにも小説家にも、見つけてくれたたった一人を神様に出来る夜がある。その気づきと感謝を小説にしたのが小説の神様アンソロジーに載っている「神の両目が地べたで溶けてる」である。岬布奈子はかつての私の怒りであり、今私を支えているものの全てでもある。だから、私はこの小説が好きだ。そこに人生の錨を下ろしてきた。


小説というものは読まれて初めて意味が生まれる。見つけてくれたあなたがいつだって意味をくれるのだ。あなたが推し小説家を小説家にしている。小説家は見る目の溶けた神様を捨てて、あなたを神様に据えて今日も書き続けている。



 そう、ここにいるあなたが小説の神様なのだ。


 

 私達は全ての愛と祈りをあなたに捧げている。


Written by 斜線堂有紀

小説家・漫画原作者。代表作に『死体埋め部の悔恨と青春』(ポルタ文庫)『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)『コールミー・バイ・ノーネーム』(星海社)など。

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