3分で内容がわかる『朱色の化身』!

文字数 2,205文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

今回は、『罪の声』『騙し絵の牙』などの作品で知られる、塩田武士さん『朱色の化身』です!

この作品を書くにあたっての取材模様はこちらから!

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは? 

文・構成:ふくだりょうこ

■祖父が探すひとりの女性の行方


「手紙は面倒なようでも、人の心へ言葉を届けるには、一番の近道なんやよ」


SNSで気軽につながることができる時代。それでも、人の心を繋ぐ方法は変わらない。

そして、遠回りに見える道でも、実は近道だったりするのは、どんなことにも当てはまるのではないだろうか。



塩田武士『朱色の化身』

主人公はフリーライターの大路亨。大路はあるとき、元新聞記者の父から「辻珠緒」という女性を探せないか依頼される。

珠緒は大人気となったゲームの開発者として知られていたが、いまはその行方をくらましていた。


大路は珠緒の大学生時代の友人や、昔の同僚に取材を始める。

福井県の芦原温泉で育った珠緒。複雑な家庭から逃げるようにして京大に入り、当時としては珍しく総合職として大手銀行に就職。その後、老舗和菓子の御曹司と結婚し退社。離婚するものの、今度はゲームの開発者として名を馳せるようになる。

一見すると、華やかに見える珠緒の人生。そんな彼女の人生には、昭和31年に起きた福井の大火が大きな影響を及ぼしていることがわかる。

更に、大路の父が珠緒を探しているのは、大路の祖母が興信所を使って珠緒の祖母を調べていたから、という背景があった。


大路の祖母はどうして珠緒の祖母について調べていたのか。

そして、珠緒はどうして姿をくらましているのか。


大路は緻密な取材で珠緒の居場所に迫っていく。


■膨大な情報量に圧倒される


大路の取材を中心に展開していく物語。

冒頭の約100ページは大路がインタビューをしている相手の語りでまとめられている。

珠緒についての情報だけではなく、インタビュイーの事情、時代背景が凝縮されており、かみ砕くまでに時間を要する。が、その分、物語に没頭していくことができる。


中盤以降では、そのインタビューから得た情報をもとに、更に取材を進めていく大路。

注目したいのが、大路は特別な推理をしているわけではなく、得た情報を冷静に分析し事実を導き出していることだ。

インタビューをする相手も、視点が偏らないようにあらゆる立場の人のもとを訪れている。そうすることで、より公平に状況を分析できるのだろう。

47人の人物に取材をしてたどり着いた真実。なんと大変な道のりと思うだろう。

しかし、それはまさに彼が祖母から教わった「手紙は面倒なようでも、人の心へ言葉を届けるには、一番の近道なんやよ」という言葉に通じるものなのかもしれない。


■昭和から平成、令和を歩んだ女性の人生


1963年生まれの辻珠緒。

彼女が大学4年生のときに男女雇用機会均等法が成立、施行された。彼女が就職した大手銀行などは女性枠さえ、それまでなかった。

女性社員は朝から掃除やお茶出し。男性上司からは気軽に体を触られ、令和の時代なら一発でセクハラ案件となるようなこともまかり通っていた。そんな中で、珠緒は優秀な社員として重宝されていて、仕事に熱心で勉強家だった一面が垣間見える。


……このように、取材で彼女の半生を追っていくと、昭和から平成、令和の移り変わっていく日本を見ることができる。

女性が生きにくかった時代で、自由とは名ばかり。やりたいこともできずに鬱屈とした生活を送る……全ての女性がそう感じていたわけではないだろうけれど、珠緒には「日本の女性史」が透けて見える。

そんな時代背景が、珠緒が姿をくらました理由のひとつとなっている。


個人の行動の理由を時代のせいにするわけにはいかない。が、「この時代だったから」起きた事件はたくさんある。それは令和であっても変わらない。

「二度とこのような事件を起こさないために」。価値観の変化とともに、時代は少しずつ良い方向へアップデートされていかなければならないのだと、実感させられる作品だ。

累計80万部突破『罪の声』
本の雑誌が選ぶ2023年度ベスト10・第1位『存在のすべてを』につながる感動作

不条理な運命にもがいた、母娘三代の数奇な人生――


昭和31年、4月。福井・芦原温泉を大火が襲う。
「関西の奥座敷」として賑わった街は、300棟以上が焼失した。
60年後、東京。元新聞記者のライター・大路亨は、失踪した謎の女・辻珠緒の行方を追ううちに、芦原出身の彼女と大火災の因縁に気づく――。
膨大な取材で時代の歪みを炙り出す、入魂の傑作長編。

塩田 武士(シオタ タケシ)

1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社在職中の2011年、『盤上のアルファ』でデビュー。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞し、“「週刊文春」ミステリーベスト10 2016”国内部門第1位、2017年本屋大賞3位に輝く。2018年には俳優・大泉洋をあてがきした小説『騙し絵の牙』が話題となり、本屋大賞6位と2年連続本屋大賞ランクイン。2019年、『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞受賞。同年『歪んだ波紋』がドラマ化され、2020年、21年には『罪の声』『騙し絵の牙』がそれぞれ映画化された。他の著書に『デルタの羊』『朱色の化身』『存在のすべてを』など。

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