「リハビリ旅行にて」第1回・鳥を見た

文字数 2,335文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!

題して「不気味に怖い奇妙な話」

えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!


第2弾の「リハビリ旅行」がスタート!毎週火曜、金曜の週2回掲載します!(全7回)

第1回は「鳥を見た」です。(ウルトラQの「鳥を見た」へのオマージュ)

壮絶な入退院を繰り返したあと、主人公は──⁉

第1回 鳥を見た


 5月から入退院を繰り返した。その後自宅療養となったが、回復まで時間がかかったことは言うまでもない。

 なにしろめまいが止まらない。平衡感覚が危うくて足下がふらついてしまう。転院した病院へは、健常者ならバス停から5分とかからない距離なのに、道路沿いの学校の鉄柵に掴まりながら40分もかかってしまった。とうとう院内では車椅子のお世話になった。


 そんな状態が続き、ようやく自宅から1キロ程度の最寄り駅へ歩けるまで回復したのが2カ月後の7月末だった。

 やっと鏡で見る自分の姿もまともになった。

 いっときは人間に見えなかった。たとえるなら映画『シン・ウルトラマン』に登場する『メフィラス』。人型だが、明らかに人間ではない生きもの。人のかたちをしているが、動きが人のものとは思えなかった。

 幸いにして、8月になると電車に乗れるほど回復した。9月には出版社の方々に直接お会いして食事を楽しむこともできた。講談社と光文社の方々にはたいへんご心配をおかけしました。この場を借りてお詫びします。


 さて、回復のためにもう一押し。私は2週間のリハビリ旅行を計画した。

 場所は西日本の日本海側。のんびり歩くことを旨とした旅行だ。鳥取から倉吉、境港を経て松江の先、出雲まで。水木しげるや、私にとって神格化している小泉八雲を生んだ土地である。

 今回は、そのエピソードをまとめてみた。

 お楽しみいただけたら嬉しい。


 旅行中に感じたことがある。

 以前から空耳が多く、奇妙な体験をしたことがある。しかし退院して以来、どうも聴覚以外の感覚も鋭敏になっている。五感とも言いがたい別の感覚がある。肌にびりびり来る。訪れた土地のせいなのだろうか。

 気のせいかもしれないが、旅行中は頻繁にそんな感覚があった。おかげでいくつも妙な体験をすることになった。

 ――この近くに、なにかが棲んでいる。知らないなにかが。

 そんな感覚が湧いてくる。

 空気になにかが混じっているのだ。人が住む土地の中を、なにかが頻繁に通り過ぎていった形跡のようなものを感じて神経が疼く。


 最初にそれを強烈に感じたのは、とある町を訪れたときだった。

 目的の場所を訪れたあと、駅へ向かうバスの停留所へと歩いた。しかしバス停に近づくにつれ、その先に強烈な気配を感じた。地図を確かめると、河川敷があるだけでなにも観光するところがない。

 しかし妙に惹かれる。呼ぶ声が聞こえるわけでもない。ただその方角に『なにかいる』と感じた。


 自然と足を向けてしまったのは単なる好奇心だと思う。そんな感覚があったときは、確かめたくなるのが私の性分である。


 バス通りから路地へ入り、川へと向かう。ほどなく土手が見えてきたが、その手前20メートルほどで、なにかの存在を私の感覚が捉えた。


 土手の袂に、そいつがいた。ピンポイントで『こいつだ』と感じたのは初めてのことだった。

 しかも視える。視覚で『なにか』を捉えたのは初めてのことかもしれない。

 巨大な鳥だった。人間より大きい。目が人間の頭ほどもあり、嘴は短く太い。全体は茶褐色でやや黒ずんでいる。翼を畳んで鳩胸のように胸を膨らませている。翼の下から大きな爪を持った手が覗いている。指は5、6本。


 あまりにも具現化しているので私は目を凝らした。なにか別の物に憑いていないと、こうもはっきりと視えるわけがない。芯になっている依代があるはず。

 大きな体の中に石灯籠が見えた。

 これだ。こいつは石灯籠を依代にしているのだ。

 私はカメラを向けて写真を撮った。画像を確認したが、むろんそいつは写っていない。

 そいつは私に興味がない様子で、土手の道を通り過ぎていく車や人を眺めている。すぐ目の前を通る車があっても、その大きな目で追いかけることはしない。

 いや、違う。通りの向こう、家々の先を見据えていると気づいた。

 視線を辿ってみたら、バス停がある方角だった。そちらになにかあるのだろうか。

 私は声をかけてみることにした。


「こんにちは」


 一瞬そいつはこちらへ目を向けたものの、なにごとか呟くと、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 どうやら私の相手をしてくれるつもりはないらしい。

 私は周辺の写真を何枚か撮り、その場を離れた。


 再びその場所を訪れたのは2日後のことである。

 そいつは石灯籠から離れないのだろうか。いや時折依代を飛び立って付近を飛び回っているのではないか。でなければ離れた場所からでも感じ取れるほど空気に気配が濃く混じっているはずがない。

 それを確かめるために訪れたのだが、はたしてそいつは消えていた。バス停から感じた気配すら無かった。


 主がいなくなった石灯籠が、寂しげに土手の袂に佇んでいるだけだった。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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