『探偵は清少納言。助手は紫式部』……どうして?/遠藤遼

文字数 2,190文字

平安時代の宮中を舞台に、清少納言が紫式部を「助手」にして謎に挑む──。

『平安あかしあやかし陰陽師 』『平安後宮の薄紅姫』など平安が舞台の作品で人気の遠藤遼さんが講談社タイガに初登場!

初登場記念に、講談社タイガ『平安姫君の随筆がかり』が生まれるきっかけと、それにまつわる「謎」を語ってくださいます!

『探偵は清少納言。助手は紫式部』……どうして?/遠藤遼

 始まりは編集氏からのメールからだった。「世間一般的に、清少納言 < 紫式部、で評価されてる印象なのですが」――果たしてそうだろうか。不等号の向きに私が大いに疑問すると、編集氏は大いに反論した。曰く、読者数や認知度では紫式部が上ではないか、と。

 清少納言のほうが読者数や認知度で上だと私は思っていた。いまさら私ごときが書くようなことなど残っていないと思っていたのだが、どういうことか。

 読者数と認知度というまったく同じ物差しで、私と編集氏とは考えが真っ向から対立している。この謎、いとをかし――。

 散々、悩んだ結果、私の中での清少納言像と紫式部像の原点にまで遡った。

 それは高校時代の古文の授業だった。


 清少納言の『枕草子』。

 紫式部の『源氏物語』。

 私の高校では、前者を文系一般私大進学および理系クラス用に、後者を文系の国立・難関私大進学クラス用の教材として使用していた。

 ひとつひとつの文章が短く、文法的も難しくない『枕草子』は親しみやすい文章に思えた。「春はあけぼの」は一度耳にしたら忘れない言葉だし、平安時代にかき氷を食べていたと書いてあって興味をそそる。中宮定子のファッションを手放しで賞賛したかと思うと、不細工なカップルが昼間からいちゃつくなと手厳しく描写する。そんな「をかし」な『枕草子』は、古文の基礎として広い間口を持っていた。

 理系も含むわけだし、当然、こちらの授業を選んだ生徒は多かった。


 一方の『源氏物語』は、難しい。内容も真面目である。「若紫」の帖で「雀の子を犬君が逃がしつる」とあるが、犬君は人の名前で犬ではないというのが唯一の笑いのポイントだろうか。原文では一文が五行以上などは当たり前。その中で敬語がぐるんぐるん変わり、それを読み解かねばならない。余談ながら、同時代人とはいえ、この『源氏物語』を、次のページをめくるのももどかしく大喜びで読みふけった菅原孝標女(『更級日記』作者)は化け物だと思った。とにもかくにも、『源氏物語』は文系の国立・難関私立大学入試の古文の教材として君臨していたのである。

『源氏物語』の授業は、やはり人数が少なかったように記憶する。


 おかげで、私の中では勝手に「清少納言は多くの人に親しまれている人物像」となり、「紫式部はわずかな生徒に支えられた気むずかしい先生のような人物像」になったのだ。『平安姫君の随筆がかり』シリーズに出てくる、破天荒で傍若無人で毒舌だけど心根のやさしい清少納言と、生真面目で自分を押し隠しながらも芯が強い紫式部は高校時代に感じた彼女たちの姿が原型になっている。


 ちなみに私はといえば、少数派の『源氏物語』のクラスになった。文系国立志望だったからである。

だが、まんまとそのおもしろさにはまった。

 古語辞典と与謝野晶子訳、田辺聖子先生の新訳やエッセイを駆使しながらの『源氏物語』の予習は、効率的ではなかったが楽しかった。入れ込みすぎて紫の上の臨終のシーンでは、クラスの中で私だけが感動してこっそり泣いていたのは内緒である。

 そんな私が清少納言や紫式部の小説を書くようになったのだから、人生、どうなるかわからないものだ。


 何はともあれ、編集氏と意見が真っ向からぶつかり、清少納言のほうが紫式部よりメジャーだと思っていた私の謎は解けた。

 編集氏が紫式部をメジャーと思っていた理由については、編集氏は高校時代に『源氏物語』の授業が多数派をしめる高校に行っていたから……とは聞いていない。おそらく、『源氏物語』には有名なマンガがあるし、大作家による有名な現代語訳も多く、何度も映像化されていることなどによるのだろうと推測している。

 当初の謎は解けたけれども、新しい謎が心をよぎった。私と編集氏の意見が真っ向からぶつかったような事態が、清少納言たち自身に起きていたとしたら……? つまり、清少納言は自分より紫式部を上に想い、紫式部も清少納言を自分より上位に想っていなかったとは――言い切れないのではないか。

 この謎もまた、いとをかし――。

 かくして清少納言と紫式部の関係も固まった。『平安姫君の随筆がかり』シリーズで、清少納言と紫式部が時に罵り合い、時に認め合う関係の相棒となった理由は、これだった。


 この『平安姫君の随筆がかり』シリーズから、原典の『枕草子』『源氏物語』の読者がひとりでも増えたら、勝手なイメージを膨らませた挙げ句に後宮で大暴れさせた清少納言たちも、少しは私のことを許してくれるのではないかと思っている。


遠藤 遼(えんどう・りょう)

東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。2017年、『週末陰陽師~とある保険営業のお祓い日報~』でデビュー。著書に『平安あかしあやかし陰陽師』、『平安後宮の薄紅姫』、

『平安・陰陽うた恋ひ小町 言霊の陰陽師』、『平安後宮の洋食シェフ』、『王立魔術学院の《魔王》教官Ⅰ』、『晴明の事件帖 消えた帝と京の闇』など多数。

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