『藁にもすがる獣たち』映画化によせて─ /曽根圭介

文字数 2,258文字

サウナのロッカーに忘れられた、大金の入ったバッグ──。カネに憑かれて人生を狂わされた人間たちの運命を描いた曽根圭介さんのノンストップ犯罪ミステリー『藁にもすがる獣たち』が、昨年韓国で映画化され、そしてついに、2月19日(金)より日本でも公開に!

 今回の映画化によせて、原作者の曽根圭介さんが熱い思いを語ります!

 


 時代にそぐわぬ映画?

 『藁にもすがる獣たち』の連載を『小説現代』で始めたのは、2010年5月だから、約11年前になる。作家になって3年目、初めて任された連載だったので、緊張し気負っていた私は、執筆していた約1年の間、寝ても覚めてもこの作品のことばかり考えていた。今でもふとした折に、ああしておけばもっと面白くなったかもしれない、などと悔やむことがある。こんなに引きずるのは後にも先にも『藁にも』だけで、自作の中でもとりわけ思い入れと愛着の深い作品だ。


 ストーリーを簡単に紹介すると、父親から受け継いだ理髪店を潰してしまい、サウナでアルバイトをする初老の男。夫のDVに耐えながらデリヘルで働く主婦。元恋人に多額の借金を背負わされ、ヤクザの取立てにあえぐ悪徳刑事。それぞれ事情を抱えた3人が苦境を脱しようとして人の道を外れていく犯罪群像劇だ。

 昨年、この『藁にも』が韓国で映画化された。不幸にして封切り時期がコロナ禍ともろにぶつかってしまい興行成績はふるわなかったようだが、80か国に販売され、すでに台湾やフランスの劇場でも上映されている。そして今年2月19日、いよいよ日本でも公開される運びとなった。私も一足早く拝見したが、文句なく面白い。原作者の贔屓目じゃないの? とお疑いの方は、英語タイトル「BEASTS CLAWING AT STRAWS」で検索してみてほしい。上映や配信がもう始まっている諸外国で、本作がいかに好評を博しているかお分かりになるはずだ。アメリカの著名映画批評サイト、ロッテン・トマトでは、本稿執筆時点で新鮮度指数96パーセントを獲得している。


 キャストも、『シークレット・サンシャイン』でカンヌ映画祭女優賞を獲得したチョン・ドヨン。『ミナリ』で今年の米アカデミー賞助演女優賞の最有力候補に挙げられているユン・ヨジョン。男優陣もチョン・ウソン、ぺ・ソンウなど、いずれも単独で主役を張れる顔ぶれだ。中でも本作では、チョン・ドヨンの存在感が群を抜いている。彼女はヨンヒという謎の女を演じているが、私が執筆時に描いていたイメージのはるか上をいく妖女ぶりで、少なくともヨンヒの人物造形については、原作の敗北を認めざるをえなかった。

 韓国映画といえば、過激なバイオレンス描写と救いのないストーリーに定評がある。本作にも残酷なシーンはあるが、コミカルな要素も多分に含まれており、実はそこが私のもっとも評価している点でもある。11年前、まだ『藁にも』の構想を練っていたとき、私はこの小説をシリアスで暗いだけの話にしたくなかった。そこで作中で起きる事件の陰惨さとは対照的に、それを企てたり巻き込まれたりする登場人物たちを、根っからの悪党ではない、ゆるいキャラクターにした。結果的にそれは上手くいったと自負していたのだが、韓国で映画が公開されるにあたってR18の指定を受けたと知り、お得意の陰々鬱々としたクライムストーリーになっているのではないかと懸念していた。しかしそれは杞憂だった。キム・ヨンフン監督は、ハングル訳された拙著を読んで気に入り、自ら脚本も書いたそうで、映画には原作の持ち味が生かされていた。実際、監督はあるインタビューで、〝原作のブラックユーモアを反映したかった〟と、語っている。

 喜劇的要素があるといっても、本作は、ホッコリしたり、元気がもらえたり、心が洗われたりする類の映画ではない。出てくる人間はそろいもそろって自分本位で、金のために平気で人を裏切り騙し、命を奪う。彼らの信条は、チョン・ドヨンが劇中で吐くセリフに代弁されている。

〝金が欲しければ誰も信じるな〟


 コロナ禍はいまだ収束のきざしすらなく、〝絆〟の大切さがあらためて見直されている今日、人間不信を助長するかのような本作を、時代にそぐわない、と思われる方もいるかもしれない。しかし、詭弁の誹りを覚悟で言わせてもらえれば、本作の登場人物たちは、いささか人倫に悖る点があるとはいえ、〝公助〟や〝共助〟に頼らず、あくまでも自分の力で運命を切り開こうとした人たちだ。そうした意味で『藁にもすがる獣たち』は、まさに今、この国で見られるべき作品だと私は思う。


〝自助〟努力を重ねた結果、彼らがどうなったかは、ぜひ劇場に足を運ぶか、拙作を読んでご確認いただきたい。



曽根圭介  

曽根圭介(そね・けいすけ)

1967年静岡県生まれ。早稲田大学商学部中退。サウナ従業員、漫画喫茶店長、無職時代を経て、執筆活動を開始する。2007年、「鼻」で第14回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。さらに、『沈底魚』で第53回江戸川乱歩賞を受賞し、みごとダブル受賞を果たす。2009年、「熱帯夜」で第62回日本推理作家協会賞・短編部門を受賞し、新鋭ミステリー作家として注目を集める。その他の著書に『あげくの果て』(文庫化にあたり『熱帯夜』に改題)『図扡反転』(文庫化にあたり『本ボシ』に改題)『殺し屋.com』(文庫化にあたり『暗殺競売』に改題)TATSYMAKI 匿名捜査対策室7係』『工作名カサンドラ』『黒い波紋』『腸詰小僧 曽根圭介短編集』がある。

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