『まりも日記』/真梨幸子 試し読み
文字数 1,120文字

猫に翻弄される人間側のドラマと猫から見た物語が同時に読める唯一無二の読み心地!
そこで、猫側からの物語を試し読み公開します!
閑話
ここは、とある保護施設。
保護された野良猫で溢れかえっている。
今日も一匹、新入りが来た。
黄色い首輪をした、薄汚れた猫。やけにふてぶてしい顔をしている。
「ね、新入りさん。随分と汚れているじゃない。まるで、使い古した雑巾のようよ」
早速、先住猫に声をかけられた。白いペルシャ猫だ。ハート形のチャームがついた赤い首輪が、憎たらしいほどよく似合う。
「ね、あなたの名前は?」
ペルシャ猫は、だから苦手だ。馴れ馴れしい。でも、嫌いではない。ペットショップにいたときも、ペルシャ猫にはなにかと世話になった。……仕方ない。名前ぐらい教えてやるか。
「まりも」
「まりも? 素敵な名前ね。……ね、あなたはどうしてここに来る羽目になったの? 首輪をしているんだから、もともとは飼い猫だったんでしょう? 捨てられちゃったの?」
これだから、ペルシャ猫は……。ちょっと無神経なところがある。
「ああ、もしかして、あれ? あの大きな地震のせい?」
でも、勘はいい。
「……そうか、あの地震のせいで、飼い主さんと離れ離れになったのね」
正確に言えば、逃げ出したのだ。だって、あのまま一緒にいたら……。
あの地震の衝撃で、リビングの窓に少し隙間ができた。もともとロックしていなかったのだろう。あの人は、そういううっかりミスが多い。その隙間をみつけたとき、今しかない! と思った。今、身を引かなかったら、あの人は本当に破滅だ。
幸い、部屋は三階。そのままベランダから地上に降りればいいだけだったが、日頃の運動不足がたたって、後ろ左足を挫いてしまった。
あれは、本当に痛かった。痛くて痛くて、のたうちまわった。その拍子に、ドブにハマってしまって、全身ドロドロ。しかも、足が痛くて這い上がることができず、もがけばもがくほどドブの底に引きずり込まれて……。
終わった……と観念していたら、ひょいと掬い上げられた。
白髪頭の怖そうなおばさんだったけど、結果的にはいい人だった。
動物病院で足の治療をしてくれた。さらに、この保護施設に連れてきてくれたのだから。
「そう、あなたも苦労しているのね」ペルシャ猫が、慈愛に満ちた眼差しを向けた。そしてゆっくりと瞬きをすると、「……わたしも、結構、波瀾万丈な猫生を送っているのよ。……ね、聞きたくない? 聞きたいでしょう? いいわ、聞かせてあげる、わたしの猫生を」
真梨幸子が放つネコミス登場!
人を魅了してやまない猫たちに惑わされた愚かな人間の行く末、そして猫たちのその後--。