天使のナンバー358?松田優作?カオスな「ケントク」で大穴馬券!

文字数 3,216文字

勝てば幸せ「ケントク買い」馬券師。Just win, baby!

勝ち馬の予想には様々ある。走破時計とスピード指数から割り出すタイム派。芝、ダートの馬場適正と血統を重んじるブラッド派。好きな馬の父、母(母父)、兄弟、姉妹の系譜を応援するロマン派。どの馬が逃げ、どの馬が差すかというレース展開派。贔屓のジョッキーを追う騎手派。そして調教時計、馬体重、パドックと返し馬の気配から見切る仕上り派


もちろん稼ぐことだけが全てという馬券博打派もいて、彼らの多くが口にする『ケントク買い』という予想ジャンルもあるが、これがあながち侮れない。


ケントクとは辞書で見ると「【見得】……自らの智慧を働かせて真理を悟ること。会得すること。理解すること」と「【見徳】……江戸時代の富籤の当たりはずれを占うこと。または前触れ、前兆、縁起」があり、馬券の『ケントク買い』はこの両方に通ずるだろう。


つまり、競走馬の能力に関係のない予想。たとえば自分の生年月日、家族や恋人の誕生日や記念日、重賞レースの開催回数などからの語呂合わせが初歩的だが、ベテランになると有りとあらゆる理屈を用いる。


彼らは競馬新聞に載る馬名、馬番号、枠順(1枠から8枠まで、白、黒、赤、青、黄、緑、橙、桃と枠の色があり、騎手の帽子の色もそれと同じ)、に重きを置いて考察するのである。競馬ロマン派からすればもっての外なジャンルだろう。


1枠にホワイトやワンの文字がつく馬名があれば見逃さない。2枠に名前に二のつくジョッキーがいれば留意する。馬券師のみならず、故・後藤浩輝騎手5枠10番の馬に乗れば奮起したと言っていた。


そんなこじつけ馬券ではあるが、過去に面白い例もある。年末の大レース『有馬記念』は競馬ファンならずとも世間の話題となるが、ブービー人気のダイユウサクが勝った(単勝13.790円、複勝1.390円)相手はメジロマックイーン(1番人気)。


これは「名優たちの共演」という『有馬記念』の宣伝文句にひらめきを得た馬券師の懐を大いに潤わせた。ユウサク(松田)とマックイーン(スティーブ)の共演というわけである。


9・11アメリカ同時多発テロの年には、マンハッタンカフェとアメリカンボスの2頭。サッカーワールドカップの年にはコイントス(8番人気3着)、イラク戦争の際にはリンカーン3着(空母リンカーンでブッシュが勝利宣言をした)など『有馬記念』はその年の世相が反映した『ケントク買い』に注目が集まる。3着までに入れば配当を受けられる複勝に太く張るのも馬券師の特性だ。


そうなると今年は大谷翔平選手の背番号「17」と、元通訳の名前から「1」に気持ちが動いてしまうが、時期尚早か。


「合言葉を言え。八!」「山と月!」「よし、万馬券!」

 今年の春の天皇賞では、テーオーロイヤル(1番人気)。昨年はジャスティンパレス(2番人気)とパレス(城)とロイヤル(皇族)の人気馬だけに固い『ケントク』だったが、過去には大荒れの重賞レースもあった。


これは筆者の一例だが、ヤマ、ツキ、ムーンがつく馬名が8枠にいると留意する。レース名に「山」がつくときも同様だ。八という漢字は山の形状に似ている。また月は花札の8月の絵札である。


第34回スプリンターステークス(中山競馬場)では、8枠にいた最低16番人気のダイタクヤマトが勝った。単勝は25.750円で、1番人気との馬連は25.700円と単勝の方が50円高い珍しい配当となった。筆者は単勝10.000円、馬連20.000を持っていたので、その年の競馬収支は充分プラスとなった。


因みにヤマニンウイスカーは2008年に京都4Rの8枠13番人気1着で単勝9.460円、複勝1.640円、三連単436.540円の大穴を開けた。アドマイヤムーンの札幌2歳Sもラジオたんぱ杯2歳Sも然り、8枠から人気に応えた。


私がはじめて馬券を買ったのは第10回『有馬記念』の勝ち馬シンザンの単勝だったが、このときシンザンは4枠にいて名前は4文字、ゼッケン4番だった。これ以来、古い競馬ファンの間で4枠4文字の馬は鉄板と言われるようになったと聞いた。


オカルト馬券とも揶揄される『ケントク買い』だが、その例を挙げればキリがない。なぜこんなに人気のない馬が馬券に絡むのか、それも競馬だが、終わってみれば語呂合わせが成立するケースが多々ある。そのパターンを多く記憶しているのが『ケントク買い』馬券師だ。


「競馬新聞は最高のミステリー本」と言った人がいた。出走馬が決まり、馬番と枠順が競馬新聞に載り、熱烈なファンは一昼夜をかけてでも予想に没頭する。しかし、ゲートが開けば約2分程度で結果が出る。そして終わってみればその結果を分析することになる。


「七夕賞なのにどうして7枠を押さえなかった……織姫と彦星のデートだろ。牝馬と牡馬のワンツーに決まっているだろう」

「ロイヤルファミリーに慶事があったのだから1枠3枠の紅白で決するに違いないだろう」

「そしたら競馬界に不祝儀があったら、1枠白、2枠黒、4枠青の葬儀の幕ということか」

「キタサンブラック1番人気の相手は2枠(黒)3番のクイーンズリング(8番人気)で鉄板だと言っただろう。『来た3ブラック』なんだから


「後知恵バイアス」のオンパレードと言ったところか。偶然の一致に過ぎない『ケントク買い』だが、競馬そのものの結果は偶然が左右する。どんなに優良な馬が人気になろうが、ゲートで躓けば大きな不利となって負けることもある。競走中に他馬から妨害を受けることもある。


理由なき逆張りと中央高速。まさかの堕天使ナンバー説⁉

かつて2002年の『菊花賞』で名手・武豊騎乗のノーリーズン1番人気が、ゲートが開いたとたんに落馬した。これも競馬の一幕だ。


この時、筆者の友人で血統評論家『血とコンプレックス』著者の故・中島国治氏はレース前から言い当てていた。


「あの馬はないよ。理由はない……ノーリーズンで負けるさ」と。

逆説的に勝ち馬を切るのも、捻くれ者『ケントク買い』の考察なのである。


「府中のフリーウエイステークスと言えば中央高速道路。グリーンベルト(中央分離帯)なのだから緑の6枠が中心に決まっている」

これもナカジマ流だった。実際にこのレースの過去の連対一位は6枠なのだ。


出目だけを追っている馬券師もいる。連鎖する数字(連ら目)が、その日の最も強い数字として勝負するのだ。こうなるともう馬が走っているのではなく、数字が走っているという発想である。


だが、これもまた侮れない。特に地方競馬ではこの現象が頻繁に起こる。その日の暦と、その日に強い数字が載っている競馬新聞もある。勝負事だけに縁起を担ぐ人は多い。


そこで筆者はある実験をしたことがある。このごろ「エンジェルナンバー」と呼ばれ、車のナンバーとしても人気の「358」の3連複馬券(選んだ3頭が順番は関係なく3着までに入れば的中)を、全レースで買い続けた。ところがその日はまったく的中しなかった。


そもそも競馬、そして博打全般は、他力本願であり、賭して勝ち得ようとすることが人智を逸した愚行なのだろう。幸運にも勝てたとして、それはやがて負ける金額でもあるのだ。

園部晃三(そのべ・こうぞう)

1957年、群馬県生まれ。90年、「ロデオ・カウボーイ」で第54回小説現代新人賞を受賞。競馬に関する著述も多い。

『賭博常習者』 園部晃三/著(講談社文庫)

競馬に溺れて、流されて、沈む。でも、いつのまにか、またプカプカと浮かんでいる……浮世のクズが綴った自らの半生。

競馬場に入り浸る高校生が、カウボーイに憧れてアメリカへ。帰国後は乗馬クラブを経営し、さらにアメリカでの体験を書いた小説で新人賞を受賞。だが、賭博がすべてを壊す。震えを隠して数百万を賭け、文無しになれば車上生活をしながら他人のカネで勝負する。競馬にかれた人々と流離の半生を描く自伝的小説。 

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